ゾンダーコマンドと特攻隊2021年01月02日 11:30

NHKーBSでユダヤ人でありながらアウシュビッツで働き、生還した2人のユダヤ人の紹介をしていた。彼らの仕事は殺されたユダヤ人の死体処理である。彼ら収容所で働くユダヤ人たちはゾンダーコマンドと呼ばれていたそうである。
その中の一人の男の娘の話では、父親はいつも怒っていたが、当時のことは何も話さなかったそうである。もう一人は、当時の手記を書きながら、祖国を離れ、アメリカで復讐のために生きると言い、いつも優しく娘に接したそうである。
ある元日本海軍の零戦特攻隊員は、生き残ったが家族には殆ど当時の話をしなかった。特攻帰りと言われ、終戦で一気に変わった世間の戦争に対する風向きを一人受け、国だけでなく、国民にも裏切られた気分であったであろう。
そして誰も信じられなくなり、自分だけを頼りに冷たい世間の目の中で生きれば、ゾンダーコマンド帰りも特攻隊帰りも同じように人間不信になるのは不思議ではない。
彼ら自身がその不条理さを記録に残せれば、復讐の機会もあるだろうし、後世への教訓にもなるであろう。しかし、記録に残せず、深い心の澱とともに亡くなる人も多いであろう。
日本も様々な悲劇と事件を経験してきた。歴史の真実と関係者の心情を可能な限り記録に残すことが義務であり、人類の希望にもなるであろう。
以下は関係記録メモ。
http://yokoyamashindo.asablo.jp/blog/2019/12/09/9187148

ある間違い電話?2021年01月08日 13:58

固定電話が鳴ったの静かにでた。
私「はい」
中年女性の声で、
「奥様いますか?」
私「今出かけています。」
「ではまた掛けます。」
私「どちら様ですか?」
やや怒った声で、
「サトウです。」
私「サトウだけで分かりますか?」
「分かります!」ガチャ
私????

しばらく経って思いついた。

この電話は間違い電話で間違いないでしょう‼

床暖と背中痛に因果関係があるのか?2021年01月14日 02:59

 このところ寒くなってから、ほぼ毎日背中が痛む。
友人はがんの可能性があるので早く見てもらえと言ってきた。
たしかに血液検査の肝臓の数値は悪いが、かかりつけ医は禁酒のことしか言わない。
 昨日、何故か故豊岡憲治医師の教えである電気と生体の関係を思い出した。
 身の回りから電気製品や電磁波を排除し、寝るときは電気毛布は絶対使うなという類のものである。
昨年末から床暖を使用してその上で寝ている。電気ではなく、温水床暖である。温水も電磁流体のはずだから床に電流が流れていることになる。電気を直接使っていなくても、ファラデーの法則で床付近はそれなりの電磁場ができているはずである。
 そこで昨晩は、床暖を消して、寒さ対策で下着を2枚着て寝てみた。
起きると背中の痛みは消えていた。
これは床暖と背中痛に因果関係があったということになる。
 やはり豊岡先生の言は正しかったのだろう。
先生は青森のクリニックを畳み、世界から訪れる患者のために東京に出て、浜松町で開業されていたが、しばらくして肝臓がんで亡くなられた。浜松町には強力な電磁波を日夜発射しているタワーがあることをご存じだったのだろうか。
 私見では、人類の電磁波に対する免疫メカニズム(免疫力という用語は非科学的らしい)は太陽が見られる昼間しか発揮できないと考えている。夜間は地球の遮へいにより、太陽からの電磁波はほぼ人類には届かない、イヌイットの寿命が短いのは、白夜で夜間太陽光を浴びたまま過ごさなければならないからだろう、などという仮説を立ててはみたが証明は不可能だろう。
 
さらに、背中痛が治った理由としては、床暖以外に、昨日芋や蕎麦を食べたとか、横向きで読書することなくすぐに寝たとか、下半身を暖かくして寝たとか、夕方の散歩とか、ほかにもいくつも要因があげられる。真実はどこにあるのだろうか―――
などと考えていたら、また、多少背中が痛くなってきた。今度は頭痛もしてきた‼(゚Д゚;)

(注)ロシアの方々もキリル文字がこのように日本で利用されるとは想像したこともなかったであろう。顔文字は一大発明である。

因果応報か神の思し召しか2021年01月16日 07:25

コロナ感染に対する各地の人の話を聞くと、日本人は仏陀の教えである因果応報を信じているようだ。感染のいう結果には原因があるはずだからその人が感染したのはその人に原因があると信じているのだろう。
一方、キリスト教では神の思し召しとよく聞く。すべては神様が決めるという運命論を深いところで欧米人?は信じているようだ。だから、感染した人へのいじめはないのではないか。差別はあるかもしれないが。

因果応報という考え方は決定論である。一方、神の思し召しという考えは確率論と親和性があるのではないだろうか。

仏教が多民族国家であるインドでは広がらず、東アジアのような単一民族国家で広がったのも因果応報という考えに関係しているのではないだろうか。皆似たような人なのに、良いひともいれば悪い人もいる。その差を説明するのに、因果応報は都合がよい。一方、欧州やインドなどの多民族国家では、見た目も性格も様々だから個人間の差をわざわざ個々人の努力や行いにその原因を求める必要はない。生まれや家柄、運命などどうしようもないこと、即ち神の思し召しですべてはきまる。その人がコロナに罹るのも罹らないのもすべては運命であるという確率論的考え方である。

現在、我々が自粛として努力しているのも罹らないためではなく、罹る確率を下げるためであるーというこの差を皆が認識できるよう政府もマスコミもSNSもアピールすべきだろう。

コロナいじめを防ぐには、或いは病者やハンディキャップ者への差別も確率論的考えが浸透すれば日本でも無くすことができるのではないかと感染者数のポアソン回帰分析を行いながら考えてしまう。

井上ひさしの先見性と男女入れ替え2021年01月21日 06:28

このところ、男女が入れ替わることを主題としたドラマやアニメ、小説が話題だが、井上ひさしがすでに1991年発行のSF小説「吉里吉里人」で詳細に描いている。それも最近のドラマなどで見られる頭の中で考えた画像と異なり、妙に現実的な(SFだから現実的とは言いにくいが)納得できる状況なのである。東北地方の金埋蔵量が豊富で、裕福な地域であり、そのため、医学が非常に発達した地区である吉里吉里の里(のちの吉里吉里国)では生体移植手術はごく普通である。日本国から独立しようとして自衛隊の攻撃を受けた吉里吉里国で、重傷の2人の男女を生き延びさせようと、医者がそれぞれ損傷していない男の頭部と女の躯体部を首で接合した。その男?は意識は男なのだが体は女である。(これは最近のドラマと同じ。)しかし、その描き方が井上流でリアリスティックである。男?は自分の体を見て興奮するのである。
この辺りが、最近のドラマではスルーされてきれいごとになっているのではないだろうか。SFである「吉里吉里人」とは逆に非現実的な映像なのである。この辺りを含めドラマでは描いてほしい。場所が場所だから無理かもしれないが、せめて本人が自分の体をどう思っているかを示してもらいたい。(残念ながら関連写真はありません。)