免疫と放射線被ばく2021年03月12日 05:13

 免疫のメカニズムは複雑で、免疫力という言葉が入ったコピーは信用しないと言っている医療関係者もいるようだ。
ワクチンによる免疫力?強化は統計的に証明されているようだが、放射線被ばくに対する免疫力はどうだろうか。
 ショウジョウバエと違い、哺乳類のほとんどはDNAの2重らせん構造により遺伝情報、細胞生成情報を保有しているので、がん細胞にはなりにくいと言われている。DNAのらせんのどちらかが放射線により損傷を受けても追となっているペプチドの作用で損傷が正しく補修されるのである。但し、放射線の密度が大きすぎると補修が間に合わず、がん化する可能性が増加する。その密度が問題となる。放射線を時間積分した絶対量は殆ど問題にはならない。
 では弱い放射線を浴びることにより免疫力?が付くのだろうか。玉川温泉、三朝温泉、多くのラドン温泉など健康によいと言われている放射線温泉は多い。もともと温泉のエネルギ源が地中の放射線物質の崩壊によるエネルギなので、放射線を出さない温泉のほうが不思議であるが。
 このような仮説はどうだろうか。
 弱い放射線を受けることで、DNA損傷の修復のトレーニングをすることになるのだが、修復のための原料元素(N、H、C)のポリペプチド構成分子の細胞内での生成が起こりやすくなるよう種々のラジカルが生成され、細胞液の組成が変わるといったものである。
 詳細な機序は分からないが、放射線により種々のラジカルが生成されることは化学的に証明されている。

3.11福島事故を招いた二重の間違い2021年03月11日 06:45

福島事故に関し、日本は二つの間違いを犯していたと思う。
一つは米国から無批判に津波対応を自然災害の主要因としていない配置設計のBWR原発を導入したこと。
もう一つは、同じく、米国主導のICRPから無批判に被ばく基準を導入し、法令としたことである。これらはいずれも自主、民主、公開の三原則に反している。
特に二つめの導入が、福島事故の拡大と住民の避難悲劇を生んでいる。
このところ、事故時のサイトの再現ドラマが放映されているが、作業員が放射線被ばく基準により必要な作業ができず、水素爆発に進んでいく様子が分かる。また、住民が法令で定まる被ばく基準に従った国の避難命令で故郷を追われたことである。
ICRP被ばく基準は広島・長崎の原爆被爆者のがん発生率のデータを基にしているが、統計的に不確かさの大きい低線量域に根拠なく外挿したデータであり、また、原爆は1マイクロ秒の被ばく現象だが、原発や放射線医療の被ばくは被ばくの時間当たり線量率が百万分の1以下である。即ち、DNAの修復のための十分な時間がある。その百万倍以上の差を考慮に殆ど入れてない被ばく基準が作られ、福島に適用されているのであるから、原爆は2重に日本に被害をもたらしたということである。古い配置設計のBWRを押し付けられたことも加えれば、日本の自主性が無視された歴史が今も続いていることになる。

閉塞感と自己否定の文化2021年02月28日 05:35

浦和神経サナトリウムの院長ブログ(2020.5.31)によれば、

「現在の日本の精神科医療で顕著な潮流は、自己否定であり、日本人の集団的、精神病理学的特徴なのかもしれない。どう思われるかということを過剰に気にする恥の文化ということと関連する。」といったことが書かれている。

このコロナ禍の閉塞感を更に増幅し、また、自粛という日本でしか作用しないと思われる見えない力の根源が、この恥の文化であろう。

この文の中の自己否定という言葉を半世紀前に初めて聞いた。現在の日本の社会を作った世代が大学紛争時に全共闘運動で標語としていた言葉である。前オリンピック組織委員長のような運動部出身者であっても、この言葉の影響を受けなかった者はいないと思う。恥の文化と自己否定が根底にある社会。閉塞感が一層増すことは間違いない。
これにマスコミによるスキャンダル指摘合戦である。ますます自粛と巣籠症候群が進むのは仕方がないかもしれない。

しかし、時代は変わる。自己否定の意識よりも、自己肯定の意識を好ましいと思うのは生物の本能であろう。だからこそ、スポーツで活躍しているアスリートを羨ましく思い、讃えるのであろう。自己肯定をうまくでき、他人のお手本となれる人々である。

では、アスリートやタレントでない市井の一住民が簡単に自己肯定できる方法は何か。簡単である。自分が本当に好きなことを好きなようにすればよい。そして自己満足するのである。

それは一般には酒や異性やギャンブルということだと思うかもしれないが、長くは続かないし、本当に好きなことなのだろうか。自粛中のクラブ訪問のような後ろめたさを感じているはずだ。即ち、心から好きなことをしているとは言えない。そのような場合、何をすればよいか。

自分が最も得意だと思うことを突き詰めるしかないのではないだろうか。そして、法の許す限り、他人が何をしても許容する。そのような社会になることが閉塞感を打破する近道であろう。

ガラス張り図書館のメリット2021年02月22日 09:38

 羽鳥慎一モーニングショーで茅野市のガラス張り図書館の本の青焼け問題が取り上げられていたが、紫外線で消毒されるので、今の時期、コロナ対策として安心して本が選べる図書館であるという売り込み方もあるのではないでしょうか。
 戸塚の図書館では40秒間本を紫外線照射で消毒する電子レンジ様の装置の前に訪問者が列をなしていたが、省エネ、省時間の観点からも図書館はガラス張りのほうが安全、安心な感じがする。
 洋紙でできた書籍はいずれにせよ酸化で寿命がくるのだから、貴重でない本は生ものと思って、紫外線損傷はあきらめるほうが今の時代には合っていると思う。

政党名とコロナ自粛2021年02月21日 07:10

 コロナ自粛依頼に関わり、国会議員の夜間飲食店通いによる辞任騒ぎが続いているが、これは政党名にも関係しているのではないだろうか。
自由主義と民主主義は本来矛盾を孕むものである。自由主義には国家や社会からの抑制に対する自由という意味あいが強い。一方、民主主義は国民、住民が主権者であるので、権力者や強者の自由勝手は許さず、法治による平等性を前提としている。
 自由党と民主党が合併した政党は本来矛盾した主義を一つにしたものであるので、内部にいるものもいろいろな悩みがあっても当然である。その路線対立が生まれ、派閥が生まれても当然であろう。小沢一郎氏は自由党を設立し、その矛盾を内部対立から、国民にも分かりやすい二大正当性にしようとした狙いもそのようなところではないだろうか。
 さて、夜間飲食の問題だが、政権中枢は国民への建前から辞任を迫った。しかし、自由主義者としては、そのような自粛といった法律にすら基づかない規制には従う義務はなく、国民の自由だと思ったことであろう。従って、政党を離れて、小沢氏が嘗て目指したような真の二大政党制を復活するために新新自由党を設立すべきであろう。