定量化と安全設備が含む危険性2021年03月12日 04:34

3.11の津波では、気象庁の出した3m以上の津波警報を聞いて、3mなら大したことはないと思い避難しなかった人の多くが犠牲者になった。これが大津波警報や津波警報だけ出して3mという定量的な数値を出さなかったらどうなっていただろうか。
一般に定量化は分かりやすいので、説得力があり、政治家もよく使う方法だが、このような危険性も含んでいることを認識する必要がある。人間は最も重要な点(ここでは以上という部分)を良く見落とし、分かりやすい部分だけで判断しがちだ。
では、安全という言葉はどうだろうか。安全設備がついているから安心だという常套句は常に注意したほうがよい。新しい安全設備は予想外の大きな事故の危険性をはらんでいるからである。
それで思い出すのは、中国が建設中の新型原子炉である。この原子炉は流体浮上型制御棒という冷却材流量が低下すると自動的に挿入される制御棒を設置している。これは安全だと思われるかもしれないが、チェルノビル型の事故を発生する可能性がある。チェルノビルの事故の原因は現在では低出力状態での制御棒挿入で、下部にあった水(中性子吸収材)が押し出され、制御棒下部についていた黒鉛(中性子減速材)に置き換わることで大きな反応度が挿入され爆発した。これと同じように、流体浮上型制御棒が炉心の上部から挿入される際に、制御棒チャンネルから漏洩しているはずの中性子の流出を上から蓋をする形で抑制することで、同じように爆発する可能性がある。このような新たな安全設備の導入はより注意して評価する必要があるだろう。

老人暴走事故の起こるわけ2021年02月17日 07:03

 老人の暴走事故は勘違いによるものだが、ではなぜ勘違いが暴走につながるのだろうか。
 先日、ある駐車場でヒヤッとした出来事があった。隣に大型の車があり、その右側にバックで入った時である。ブレーキを踏んで止まろうとしたのだが、ゆっくり動いたままで止まらない。おかしい。故障したのか。その時、左の車がゆっくり前にでていることに気が付いたのである。パニックにならずに済んだ。
 この事象の逆を考えてみる。
 いま、駐車状態で、アクセルは踏んでいないと思って車が前進してしまったとする。そうすると、周りの車は止まっているが、自分の車だけがなぜかゆっくり前進しているように感じるのである。その結果、ブレーキをより強く踏んで止めようとする。だが実際にはアクセルをふんでいる状態なので止まらない。その結果、さらに、ブレーキ(実際にはアクセル)を踏んで止めようとする。その繰り返しで暴走事故は起こるというメカニズムである。

 この事象の防止のためには、最初のアクセルに足を載せないように注意することだけでなく、運転者の視界を広くすることが重要であろう。 一般に、老人は目が悪いし、視界が狭い。その結果、自分の車と周りの状況を正確に把握できないのである。車が動き始めているという初期の事象をすぐに認識できるようにしなければならない。それが勘違いでなく、自分のかすかな動作のためであると常に広い視野で周囲が見えるようにならないといけない。軽自動車では周りが大きな車で囲まれるとわずかにアクセルを踏んだだけで大きく動いているように勘違いしやすい。その結果、上記の状況に陥る。
 プリウスや軽自動車が視界が狭く、目線が低いことが暴走車になり易い理由ではないだろうか。

一瞬の判断の重要性2020年12月27日 08:12

一昨日NHK‐BSで、シスパーレ登攀での中島健郎氏の落下とその直前のスクリュー挿入が効いて、悲劇を救った様子がリピートされていた。
オツルミズ沢でも同様のことがあったことを思い出した。私の不首尾でカグラ滝上部で日が暮れ、狭い落ち口で2人ビバークすることになった。先輩は薄暗い中、もっと広い場所が無いかと5メートルほど左側の壁を登って行った。その時、一瞬、体に重いものを感じた。このままでは二人とも滝から落下する。たしか、右側に滝の落ち口の水たまりがあったはずだ。水は冷たいけれど右側にうっちゃれば二人とも助かるはずだ。ーこれだけの考えをこの瞬間にできなかったなら、二人とも今は生きていない。これは偶然だろうか。
その当時、私は中性子の散乱反応の勉強をしていた。高速の中性子が水の静止した水素と衝突し、散乱されるのだが、衝突が正面衝突であれば、水素は遠くに弾き飛ばされる。しかし、互いにかするような衝突であれば、エネルギは分散され、中性子も水素も遠くには弾かれない。これを無意識にあの一瞬思い出したのではないだろうか。脳の働きは謎だらけだが、無限の可能性を秘めているようだ。
先輩が落ちたのは、アプザイレンでハーケンが抜けたとのことであったがそこはシスパーレとは違っていた。

電磁波と放射線の人体影響2020年12月13日 04:47

電磁波が健康に悪いとか、放射線ががんを引き起こすとか言われている。近代物理学では物質は波と粒子の両方の特性を持っているらしいが、ここでは、光子に限って人体影響を考えてみる。生物が地球上に誕生したのは数十億年前らしいが、そのころから地球は自転していたはずだ。
一方、太陽は地球を照射し続けているので、生物も、その末裔である人間も昼と夜の生活を繰り返している。太陽からは強力な電磁波(一部は可視光線、一部は電離放射線)が地球に降り注いでいたし、今もc大気層による多少の遮へいができるようにはなったが、特に長波長の電磁波に対しては大気層の効果は小さい。しかし、夜間は地球自体が遮へい体となり、その強度は大きく低下する。長波長電磁波である紫外線、可視光線そして、いわゆる電磁波はいずれも夜には10桁以上低下しているであろう。

しかし、人間が電気を利用するようになってから、可視光線以下のいわゆる電磁波の強度は昼間だけではなく、夜間も相当程度強くなってしまった。最近はスマホもあり、このような人工電磁波が人体にどの程度影響するかは分からないが、少なくとも、故豊岡賢治医師が言われていたように電気製品を身の廻りから遠ざけて寝ると寝起きが良くなるのは実感できる。レーザ光線のような強力な可視光線やイージス艦のような強力な電磁波の有害性は明らかであろうが、電気製品関係の電磁波の有害性議論では、生体対する昼夜影響問題も取り入れるべきであろう。生命が誕生してから、ずっと夜間は長波長電磁波の殆どない環境で生きてきたのだから。


なお、短波長電磁波、即ち、ガンマ線やX線などの電離放射線はどうだろうか。現時点では宇宙線でも地中からの放射線も昼夜の差はないように思えるが。