基準値のからくりとICRP(国際放射線防護委員会)基準2023年10月19日 11:45

 2014年に出版された「基準値のからくり」村上道夫他著、講談社ブルーバックスには福島事故後の空間線量に関する避難区域区分(20mSv/年以下)、目標除染線量(1mSv/年以下)に関し、基となったICRP(国際放射線防護委員会)勧告の基準の変遷に関する詳細な経緯が記されていて興味深い。

同書によれば、1mSv/年はICRP勧告による公衆被ばくの最大許容線量、20mSv/年は職業被ばくの最大許容線量をもとに日本政府か定めたものである。

簡単にICRP勧告の基準の変遷を整理すると以下のようになる。

1.ICRP1950年勧告:職業被ばくは最大許容線量150mSv/年
 
 この当時はICRPは、約3mSv/週以下では放射線影響がない、即ちこの付近に閾値があると考えていた。3mSv/週は150mSv/年に相当するので、現在の公衆被ばく制限の150倍まで許容していたことになる。


2.ICRP1954年勧告:公衆被ばく最大許容線量は職業被ばくの1/10

 なぜ1/10としたのか明確な根拠はない。


3.ICRP1958年勧告:職業被ばくは18歳以上50mSv/年(生殖腺、造血臓器、水晶体平均値)

 ICRPはLNT仮説の考え方を採用し、白血病の誘発には閾値があると仮定する考え方もあるが、最も控えめな方法としては、閾値も回復も仮定しないとする即ち、線量と発がんリスクは比例すると考える仮説による勧告を行うようになった。


4.ICRP1977年勧告:職業被ばく線量限度は50mSv/年
             公衆被ばく線量限度は1mSv/年

これらの根拠は以下のとおりである。

ICRPは1977年に、1958年勧告で決められた職業被曝に関する最大許容線量50mSv/年について、発がんによる死亡リスクに基づく判断を示した。このときから最大許容線量に代わって「線量当量限度」という言葉が用いられるようになり、1990年からは「線量限度」と呼ぶようになった。
 受け入れられるリスクのレベルは、ほかの職業での労働にともなう年問死亡率と比較して決められた。米国で安全水準が高い職業では、職業上の危険による平均年間死亡率が「1万人当たり1人(10の-4乗)」を超えない」と推定され、これが受け入れられるリスクのレベルとされた。
 次に、職業被曝において50mSv/年という実効線量限度を設定した場合の、発がんによる死亡リスクが計算された。「実効線量」とは全身の平均的な被曝線量のことであり、すべての組織の被曝による総リスクが評価できる指標である。
 ここでは線量限度を50mSv/年と設定すると、すべての作業者の線量の平均値はその10分の1の5mSv/年になると仮定している。当時は1000mSvの放射線被曝をしたときの発がん死亡リスクは1%(100人に1人)と考えられていた。これらの数字から、線量限度50mSv/年の場合の発がんによる死亡リスクは、1万人当たり0.5人となる。
 ICRPは安全な水準の職業での年間死亡率(1万人当たり1人)よりもこの数字は小さいので、線量限度50mSv/年は受け入れられるという判断した。
 
 1977年勧告では、公衆被曝において受け入れられるリスクについ
ても言及された。公衆の受け入れるリスクは職業上のリスクよりも1哘低いなどを理由として、公衆被曝において受け入れられる死亡リスクのレベルは、1年間で10万人に1人から100万人に1人の範囲であろうとされた。
 10万人に1人という年間死亡リスクは、当時の発がんリスク(1000mSv当たり1%)にもとづくと、実効線量としては1mSv/年に相当する。集団の平均線量を1mSv/年より低くするには、線量限度を5mSv/年とするのが妥当として、公衆被曝において受け入れられるリスクとした。
 

5.ICRP1978年パリ声明:公衆被曝の線量限度は1mSv/年

 1977年の公衆被曝の線量限度5mSv/年は、1mSv/年に改められた。この変更の理由は明らかではない。



6.ICRP1990年勧告:職業被ばく線量限度は20mSv/年

 1999年の勧告では、1000mSv当たり発がん死亡率リスクは4%に見直され、また、英国学士院の死亡率評価をもとに、「年間死亡リスク1000人当たり1人は、まったく受け入れられないとはいえない」という考え方をもとに、発がんについての死亡リスクを計算したところ年間死亡リスクが65歳まで「1000人当たり1人」は、20mSv/年以下となったことから、職業被曝の実効線量限度は20mSv/年へと変更された。これが、日本政府が定めた避難の基準値20mSv/年のルーツとなっている。


7.ICRP1990年勧告:1885年公衆被ばく線量限度:1mSv/年の確認

5mSv/年浴び続けても寿命短縮効果は非常に小さいが、ラドンを除いた場合の住居による変動は1mSv/年程度はあるので、後者の変動は受け入れられるとして、1mSv/年とした。



 以上のように、許容線量をできるだけ小さくするようにICRPの基準は変動してきており、それは1950年勧告から150分の1になっているが、その根拠は常に曖昧なままである。

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