仙台とクマとウマとヒトの意外な関係 ― 2026年05月26日 03:59
報道によれば、女性騎手のG1制覇の影響で仙台の街が注目されているらしい。
その関係性は以下のとおりである。
仙台在住の作家 伊坂幸太郎氏の作品「重力ピエロ」は仙台を舞台にした優れたミステリーである。最近映画化もされている。
一方、G1で女性騎手が乗った馬の馬主はこの作品に感服し、馬の名前をジュウリョクピエロと名付けたらしい。
そこで、この作品も仙台の名所、風景も注目されるようになったということである。出版社も映画配給会社も思わぬお年玉に喜んでいるようだ。
仙台は伊達政宗が広瀬川の西岸の崖の上に築城し発展した町である。天守台の上には騎馬に跨った伊達政宗の像が広瀬川の対岸に広がる仙台の街を見下ろしている。
そして背後には青葉山の原生林のままの東北大学植物園が広がっている。その西北には広大な東北大学のキャンパスがある。
これらはいずれも映画のロケ地になっている。
わたしも幼いころ青葉城の天守台から広瀬川の河岸に落ちる崖を手作りのそりで滑りスリル満点の遊びをしていた。大手門の堀の一部は五色沼と呼ばれた池で、昔は氷結したので私もフィギュアスケートを楽しんだ。ここは日本フィギュアスケート発祥の地なので、羽生結弦選手、荒川静香選手、千葉百音選手がメダルを取っているのは偶然ではない。
ところで小説や映画にはクマが出てこないが、実は広瀬川が仙台とクマを結ぶキーである。
広瀬川は仙台の中心部を通り、下流は名取川に合流し仙台湾に流れ込むが、上流は蔵王の北部の奥羽山脈の1500メートル級の背稜が水源になっている。支流にはニッカ工場がある新川(にっかわ)がある。(単なる偶然)
新川の奥、即ち奥新川にはその昔スキー場はあり、山形を結ぶ仙山線で汽車に乗ってスキーに行くのも冬の楽しみだった。
この仙山線には熊ヶ根駅という名前の駅があるのでクマは山奥には昔からいたのだろう。私も大東岳という仙山線近くの山で一人ビバークしていた際にクマの気配を感じたことがある。また、小学校のころ、先生や同級生と広瀬川の上流の大倉ダムまで熊ヶ根駅から歩いて見学に行ったこともある。当時は大倉ダムは仙台の水源として建設途中だったが、その道すがらクマとの遭遇のリスクを考なかったのだろう。先生も同級生も無警戒だった。クマもトラックの通る里まではおりてこなかったのである。
その源流には泉ヶ岳という現在の仙台市民の登山やスキーのメッカがあるが、そのスキー場である年の春先に一人で泉ヶ岳に登ろうとしていた時に私は親子熊を見かけた。大声を出したら逃げて行ったが当時はクマがヒトを避けていた時代だった。
仙台市街の北西部には、高度成長期に住宅地として開発された国見地区がある。ここも最近はクマが目撃され、自治会が早朝散歩自粛通知がでたそうだ。
しかし、この付近は昔国見峠と呼ばれ、小学校の時は市中心部からの遠足の定番であった。クマもヒトを避けていた時代である。
高校のころ、軽免許を取った私は国見峠から泉ヶ岳の麓に延びる林道を軽自動車で運転に慣れるために走っていたことがあった。峠を過ぎて森の中を走っていら、小学生が一人でランドセルを担いで歩いているのを見かけた。集落までは結構な距離があったので、声をかけて乗せたが、のどかな時代だった。襲われたり襲ったりというリスクなどヒトもクマも考えられなかったのである。
そののどかな時代から半世紀、世の中は交通機関が発達し、食料も豊富で便利になったが、その分、我々は森のクマの領分を侵食していった。中途半端な自然保護活動のためか、温暖化のためか、クマもヒトも環境の激変に対応できていない。
クマはシカなどの増加により森を追われて市街地に食料を求めるようになった。ヒトは車社会の恩恵とより広い居住空間を求めて郊外に住むようになった。この二つの波がぶつかってアーバンベアやヒトを襲うクマの問題が目立ってきたのだろう。
クマは賢く速い動物である。河川が山奥と市街地を障害物なく結ぶフリーウエーであることを熟知している。仙台ならば広瀬川に加え、泉ヶ岳を水源とする七北田(ななきた)川がある。
森を追われればこれらの川を通って食料豊富な市街地に来るのは自然の摂理でもある。
彼らは食料さえあれば森の中で暮らすことがリスクがいっぱいの市街地よりも安心なはずである。
早くヒトの知恵を絞って、クマにも優しい自然環境を取り戻すことが必要だがそれにはヒトの文化というものがある程度自然を改造して成立するという認識が必要だ。
ヒトによる文化的自然改造とクマの自然環境の回復の両立ができるモデル都市として、仙台市が成長していくことを期待したい。
そのためには、限られた国土での動物同士の生息域のバランスの確保とともに、ライフルなどによるヒトがリスクであるとクマ認識させるようなクマへの教育も必要だろう。
その関係性は以下のとおりである。
仙台在住の作家 伊坂幸太郎氏の作品「重力ピエロ」は仙台を舞台にした優れたミステリーである。最近映画化もされている。
一方、G1で女性騎手が乗った馬の馬主はこの作品に感服し、馬の名前をジュウリョクピエロと名付けたらしい。
そこで、この作品も仙台の名所、風景も注目されるようになったということである。出版社も映画配給会社も思わぬお年玉に喜んでいるようだ。
仙台は伊達政宗が広瀬川の西岸の崖の上に築城し発展した町である。天守台の上には騎馬に跨った伊達政宗の像が広瀬川の対岸に広がる仙台の街を見下ろしている。
そして背後には青葉山の原生林のままの東北大学植物園が広がっている。その西北には広大な東北大学のキャンパスがある。
これらはいずれも映画のロケ地になっている。
わたしも幼いころ青葉城の天守台から広瀬川の河岸に落ちる崖を手作りのそりで滑りスリル満点の遊びをしていた。大手門の堀の一部は五色沼と呼ばれた池で、昔は氷結したので私もフィギュアスケートを楽しんだ。ここは日本フィギュアスケート発祥の地なので、羽生結弦選手、荒川静香選手、千葉百音選手がメダルを取っているのは偶然ではない。
ところで小説や映画にはクマが出てこないが、実は広瀬川が仙台とクマを結ぶキーである。
広瀬川は仙台の中心部を通り、下流は名取川に合流し仙台湾に流れ込むが、上流は蔵王の北部の奥羽山脈の1500メートル級の背稜が水源になっている。支流にはニッカ工場がある新川(にっかわ)がある。(単なる偶然)
新川の奥、即ち奥新川にはその昔スキー場はあり、山形を結ぶ仙山線で汽車に乗ってスキーに行くのも冬の楽しみだった。
この仙山線には熊ヶ根駅という名前の駅があるのでクマは山奥には昔からいたのだろう。私も大東岳という仙山線近くの山で一人ビバークしていた際にクマの気配を感じたことがある。また、小学校のころ、先生や同級生と広瀬川の上流の大倉ダムまで熊ヶ根駅から歩いて見学に行ったこともある。当時は大倉ダムは仙台の水源として建設途中だったが、その道すがらクマとの遭遇のリスクを考なかったのだろう。先生も同級生も無警戒だった。クマもトラックの通る里まではおりてこなかったのである。
その源流には泉ヶ岳という現在の仙台市民の登山やスキーのメッカがあるが、そのスキー場である年の春先に一人で泉ヶ岳に登ろうとしていた時に私は親子熊を見かけた。大声を出したら逃げて行ったが当時はクマがヒトを避けていた時代だった。
仙台市街の北西部には、高度成長期に住宅地として開発された国見地区がある。ここも最近はクマが目撃され、自治会が早朝散歩自粛通知がでたそうだ。
しかし、この付近は昔国見峠と呼ばれ、小学校の時は市中心部からの遠足の定番であった。クマもヒトを避けていた時代である。
高校のころ、軽免許を取った私は国見峠から泉ヶ岳の麓に延びる林道を軽自動車で運転に慣れるために走っていたことがあった。峠を過ぎて森の中を走っていら、小学生が一人でランドセルを担いで歩いているのを見かけた。集落までは結構な距離があったので、声をかけて乗せたが、のどかな時代だった。襲われたり襲ったりというリスクなどヒトもクマも考えられなかったのである。
そののどかな時代から半世紀、世の中は交通機関が発達し、食料も豊富で便利になったが、その分、我々は森のクマの領分を侵食していった。中途半端な自然保護活動のためか、温暖化のためか、クマもヒトも環境の激変に対応できていない。
クマはシカなどの増加により森を追われて市街地に食料を求めるようになった。ヒトは車社会の恩恵とより広い居住空間を求めて郊外に住むようになった。この二つの波がぶつかってアーバンベアやヒトを襲うクマの問題が目立ってきたのだろう。
クマは賢く速い動物である。河川が山奥と市街地を障害物なく結ぶフリーウエーであることを熟知している。仙台ならば広瀬川に加え、泉ヶ岳を水源とする七北田(ななきた)川がある。
森を追われればこれらの川を通って食料豊富な市街地に来るのは自然の摂理でもある。
彼らは食料さえあれば森の中で暮らすことがリスクがいっぱいの市街地よりも安心なはずである。
早くヒトの知恵を絞って、クマにも優しい自然環境を取り戻すことが必要だがそれにはヒトの文化というものがある程度自然を改造して成立するという認識が必要だ。
ヒトによる文化的自然改造とクマの自然環境の回復の両立ができるモデル都市として、仙台市が成長していくことを期待したい。
そのためには、限られた国土での動物同士の生息域のバランスの確保とともに、ライフルなどによるヒトがリスクであるとクマ認識させるようなクマへの教育も必要だろう。
山形県が世界25か所の一つ ― 2025年11月13日 05:36
ナショナルジオグラフィックによれば、2026年に訪れるべき世界の25か所の一つとして選ばれた。
あたりめだチャ!
あたりめだチャ!
T字交差点のあるICでの逆走防止用配置変更案 ― 2025年05月29日 04:29
IC内にT字交差点のある高速道路ICがいくつか存在している。逆走事故のあった東北道のICも同様だろうがここでは、上信越道の豊田飯山ICを取り上げたい。
https://www.mapion.co.jp/m2/36.797481301054425,138.3215403364279,16
にあるように
このIC内部にはT字路があり、信号機があって左からは上越方向からの分岐道が来ており、右は長野市方向への右折路となっている。従ってこのT字路の信号を料金所からきて、左に曲がれば逆走になる。
このICにT字路と信号ができた理由は下記の国土地理院地図をみるとよくわかる。
https://maps.gsi.go.jp/#16/36.796800/138.324105/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1
要するにこのT字路の先には池があり、更に左右には小高い丘があって上りと下りを分離するだけのスペースがないのである。
しかし、周囲をもう少しよく見ると、国道117号からICに入る場所には信号があって左折することでICにはいるのだが、上信越道の下をくぐる手前には田んぼのマークがある。
従って、ここに117号から左折する車線を新設し、IC内のT字路の先までその新設車線を約600m伸ばして長野方向に延びた現在の右折路線に合流させれば、T字路を通らずに済む。即ち、信号自体が不要となり、逆走の可能性は無くなる。
問題はこの新設車線に一車線用の料金所を作らなければならないことだが、これは料金所職員が現在の料金所から新設した料金所に車から呼び出しがあった時に臨時に行き来することができる作業用トンネルを掘るだけで済む。これらの設備の建設費は小さいと予測される。
このような微小な変更で逆走事故が減るならば十分費用効果比は割にあうはずだ。
このようなICは全国に数十あると聞いている。逆走事故が増えている現在、JH各社にはこのような構造変更が適用できるICには早急に対応してもらいたいものだ。
https://www.mapion.co.jp/m2/36.797481301054425,138.3215403364279,16
にあるように
このIC内部にはT字路があり、信号機があって左からは上越方向からの分岐道が来ており、右は長野市方向への右折路となっている。従ってこのT字路の信号を料金所からきて、左に曲がれば逆走になる。
このICにT字路と信号ができた理由は下記の国土地理院地図をみるとよくわかる。
https://maps.gsi.go.jp/#16/36.796800/138.324105/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1
要するにこのT字路の先には池があり、更に左右には小高い丘があって上りと下りを分離するだけのスペースがないのである。
しかし、周囲をもう少しよく見ると、国道117号からICに入る場所には信号があって左折することでICにはいるのだが、上信越道の下をくぐる手前には田んぼのマークがある。
従って、ここに117号から左折する車線を新設し、IC内のT字路の先までその新設車線を約600m伸ばして長野方向に延びた現在の右折路線に合流させれば、T字路を通らずに済む。即ち、信号自体が不要となり、逆走の可能性は無くなる。
問題はこの新設車線に一車線用の料金所を作らなければならないことだが、これは料金所職員が現在の料金所から新設した料金所に車から呼び出しがあった時に臨時に行き来することができる作業用トンネルを掘るだけで済む。これらの設備の建設費は小さいと予測される。
このような微小な変更で逆走事故が減るならば十分費用効果比は割にあうはずだ。
このようなICは全国に数十あると聞いている。逆走事故が増えている現在、JH各社にはこのような構造変更が適用できるICには早急に対応してもらいたいものだ。
スリップの恐怖 ― 2024年12月09日 19:58
岡山で観光バスが雪でスリップし、横倒しになったそうだ。
これまで、かなり雪道を走行したが、昔のスパイクタイヤは良かった。雪の東北道を夜中に120キロで走っても不安感はない。夏道よりも安定していた感じすらあった。問題は、雪でラインも見えず真っ暗なのでちゃんとレーンに沿って走っているのか確認できないことだった。
しかし、その後、スパイクタイヤは粉じん公害などの問題で禁止され、スタッドレスタイヤの時代になった。
その結果、何度かスリップ事故を起こした。最も危なかったのは、フルタイム四駆で富士山のふもとを走った時のことである。車の説明書にはこの車は自動で4つの車輪の回転速度を変えることで車体の向きを安定化できると書かれていた。それを信じて、凍った下りを平気で夏と同じようなスピードで降りていた。あいにく、道にわだちが残っており、その氷の山にスタッドレスタイヤの側面がかかり、左に270度回転したのである。
車内から前方を見ているのだが、勝手に窓の外の景色が回転し、パノラマ写真を見せられているような状態となった。なにか映画をみているかのような不思議な感覚であった。
ただ、運よく壁面には激突せず、前輪が側溝にはまって車は止まった。車体にも傷はつかず、ただ、側溝にはまった車を動かすことができない。JAFを呼んだが、その日の富士山周辺は、同じように凍った道でスリップ事故が多発し、しばらくはJAFは来られないという。
道路幅の半分を横になった車体が塞いでいる。何とかジャッキアップで脱出できないかとひとり車体の周りをウロウロしていたら、うれしいことに、通りかかった車が数台停車し、車体を力を合わせて溝から引き上げてくれた。感謝感謝であった。
これで何とか帰れるかなと思ったら、悲しいことに右前輪がパンクしていた。ジャッキアップをしてスペアタイヤに交換し、スリップしてから1時間半もたってからやっと富士山の凍った道から脱出することができた。スペアタイヤは夏タイヤだったのだから、ゆっくり走らざるを得なかった。
これと同じような恐怖を更に昔、バブルのはじける前にFFの外車で味わったことがある。それは長野の山中の国道で、急に雪が強くなり、宿の時間も気になってスピードを出しすぎていたのである。下りなので、やや強くブレーキを踏んだら、スピンしてしまった。ここでも運よく対向車がなかったので、逆向きになってとまっただけで済んだ。
この時は3人乗っていたので、左右のバランスが悪かったのかもしれない。
ほかにも、凍った雪の下り坂で、4人乗ったうえ、トランクも荷物でいっぱいで、ブレーキが利かないまま交差点に進入したり、同じく4人乗って左折をしたが、雪が柔らいうえ、タイヤも柔らかいスタッドレスだったので、曲がり切れずに信号待ちの車に衝突寸前、ハンドルを右に戻して衝突を回避したりと、雪と氷の世界は思ったようには車をコントロールできないことが多い。
反省するに、スピードを出さない、急ハンドルは切らない、乗車人員には余裕を持ち、左右の重量バランスには注意する、スタビライザーは過信しないなど、当たり前のことを守っていれば良かったのである。
雪道でスタックしている車はほとんど四駆だという説もある。青森のある町では、赤信号は進め、青信号は止まれ、という教訓もある。(注、赤信号になっても急ブレーキをかけないでそのまま進めということであり、交差する道路側では青信号になっても、横から車が出てくる恐れがあるので、すぐには発信せず、しばらく止まって左右を見てから発進せよという趣旨である。)
ことしは、急な積雪が多いという予報である。下り坂に限らず、スピードに気を付けてタイヤのグリップを失わないよう、また、重量バランスにも気を配って、スピンしないよう、角運動量(カーブでの接線方向の運動量ベクトルとその直角方向の速度のベクトル積)、即ち遠心力を最小にするよう、カーブや急ハンドルには細心の注意が必要だ。何しろ、原子核や電子のような小さな素粒子でもスピンしていると考えられているのだから、マクロな物体である車がスピンするのは容易なのである。
これまで、かなり雪道を走行したが、昔のスパイクタイヤは良かった。雪の東北道を夜中に120キロで走っても不安感はない。夏道よりも安定していた感じすらあった。問題は、雪でラインも見えず真っ暗なのでちゃんとレーンに沿って走っているのか確認できないことだった。
しかし、その後、スパイクタイヤは粉じん公害などの問題で禁止され、スタッドレスタイヤの時代になった。
その結果、何度かスリップ事故を起こした。最も危なかったのは、フルタイム四駆で富士山のふもとを走った時のことである。車の説明書にはこの車は自動で4つの車輪の回転速度を変えることで車体の向きを安定化できると書かれていた。それを信じて、凍った下りを平気で夏と同じようなスピードで降りていた。あいにく、道にわだちが残っており、その氷の山にスタッドレスタイヤの側面がかかり、左に270度回転したのである。
車内から前方を見ているのだが、勝手に窓の外の景色が回転し、パノラマ写真を見せられているような状態となった。なにか映画をみているかのような不思議な感覚であった。
ただ、運よく壁面には激突せず、前輪が側溝にはまって車は止まった。車体にも傷はつかず、ただ、側溝にはまった車を動かすことができない。JAFを呼んだが、その日の富士山周辺は、同じように凍った道でスリップ事故が多発し、しばらくはJAFは来られないという。
道路幅の半分を横になった車体が塞いでいる。何とかジャッキアップで脱出できないかとひとり車体の周りをウロウロしていたら、うれしいことに、通りかかった車が数台停車し、車体を力を合わせて溝から引き上げてくれた。感謝感謝であった。
これで何とか帰れるかなと思ったら、悲しいことに右前輪がパンクしていた。ジャッキアップをしてスペアタイヤに交換し、スリップしてから1時間半もたってからやっと富士山の凍った道から脱出することができた。スペアタイヤは夏タイヤだったのだから、ゆっくり走らざるを得なかった。
これと同じような恐怖を更に昔、バブルのはじける前にFFの外車で味わったことがある。それは長野の山中の国道で、急に雪が強くなり、宿の時間も気になってスピードを出しすぎていたのである。下りなので、やや強くブレーキを踏んだら、スピンしてしまった。ここでも運よく対向車がなかったので、逆向きになってとまっただけで済んだ。
この時は3人乗っていたので、左右のバランスが悪かったのかもしれない。
ほかにも、凍った雪の下り坂で、4人乗ったうえ、トランクも荷物でいっぱいで、ブレーキが利かないまま交差点に進入したり、同じく4人乗って左折をしたが、雪が柔らいうえ、タイヤも柔らかいスタッドレスだったので、曲がり切れずに信号待ちの車に衝突寸前、ハンドルを右に戻して衝突を回避したりと、雪と氷の世界は思ったようには車をコントロールできないことが多い。
反省するに、スピードを出さない、急ハンドルは切らない、乗車人員には余裕を持ち、左右の重量バランスには注意する、スタビライザーは過信しないなど、当たり前のことを守っていれば良かったのである。
雪道でスタックしている車はほとんど四駆だという説もある。青森のある町では、赤信号は進め、青信号は止まれ、という教訓もある。(注、赤信号になっても急ブレーキをかけないでそのまま進めということであり、交差する道路側では青信号になっても、横から車が出てくる恐れがあるので、すぐには発信せず、しばらく止まって左右を見てから発進せよという趣旨である。)
ことしは、急な積雪が多いという予報である。下り坂に限らず、スピードに気を付けてタイヤのグリップを失わないよう、また、重量バランスにも気を配って、スピンしないよう、角運動量(カーブでの接線方向の運動量ベクトルとその直角方向の速度のベクトル積)、即ち遠心力を最小にするよう、カーブや急ハンドルには細心の注意が必要だ。何しろ、原子核や電子のような小さな素粒子でもスピンしていると考えられているのだから、マクロな物体である車がスピンするのは容易なのである。
西欧文明は地球温暖化で消滅するか ― 2024年10月07日 20:42
文明が衰亡するとき 第2回 (声の本) 高坂 正堯 講演 新潮社
によれば、あの強大な西ローマ帝国が滅亡した原因の一つに気候変動説があるとのことである。
現在の地球温暖化は、主に化石燃料の使い過ぎによるものと言われているが、化石燃料を使うようになったのは、今の西欧文明が車社会、電気社会だからである。これを克服できなければ、地球温暖化により西欧文明が滅びる可能性が大きい。暑いからと言って西欧文明の産物であるクーラーを使い、車(電気自動車を含む)や飛行機を使って旅行をするというのは、結局、火力発電で電気を作り、内燃機関で二酸化炭素を大量に排出するという無間地獄を無意識のまま進めているのである。
西ローマ帝国のようにあっという間に今の文明社会も滅亡する可能性は強い。これを止めるのは至難の業である。各人、各企業、各国の利益を優先するのであれば、ますます現実味を帯びてくるだろう。だれもこのような文明の滅亡を止められないのは歴史が証明している。
ただ、文明は消滅しても人類は生き延びているのだから、現在の文明なしでも生存できるような生活様式を確立することであろう。そのためには、二酸化炭素を出さないで、エネルギーと食料を自給できる社会を構築するのが最も可能性が高いだろう。
再生可能エネルギーなのか、原子力なのか、水素エネルギーなのか、大規模農業なのか、選択肢は限られている。時間もない。早急に政府は方針を定め、住民の生存のための政策を進める必要がある。他国のマネや他国への依存をしている余裕はない。
によれば、あの強大な西ローマ帝国が滅亡した原因の一つに気候変動説があるとのことである。
現在の地球温暖化は、主に化石燃料の使い過ぎによるものと言われているが、化石燃料を使うようになったのは、今の西欧文明が車社会、電気社会だからである。これを克服できなければ、地球温暖化により西欧文明が滅びる可能性が大きい。暑いからと言って西欧文明の産物であるクーラーを使い、車(電気自動車を含む)や飛行機を使って旅行をするというのは、結局、火力発電で電気を作り、内燃機関で二酸化炭素を大量に排出するという無間地獄を無意識のまま進めているのである。
西ローマ帝国のようにあっという間に今の文明社会も滅亡する可能性は強い。これを止めるのは至難の業である。各人、各企業、各国の利益を優先するのであれば、ますます現実味を帯びてくるだろう。だれもこのような文明の滅亡を止められないのは歴史が証明している。
ただ、文明は消滅しても人類は生き延びているのだから、現在の文明なしでも生存できるような生活様式を確立することであろう。そのためには、二酸化炭素を出さないで、エネルギーと食料を自給できる社会を構築するのが最も可能性が高いだろう。
再生可能エネルギーなのか、原子力なのか、水素エネルギーなのか、大規模農業なのか、選択肢は限られている。時間もない。早急に政府は方針を定め、住民の生存のための政策を進める必要がある。他国のマネや他国への依存をしている余裕はない。
時差を勘違いしない方法 ― 2024年09月02日 07:36
今朝のMBLは早く始まった。もう大谷選手は3打席目だ。
これは時差が米国内でもあるためだが、ナイターとデーゲームの差もある。いつまでたっても時差の直感的理解ができない。
これは時差という用語が良くないのである。時差とは時間や時刻のさではない。正確には角度差と呼ぶべきである。
アリゾナと日本に時差はない。なぜなら今は今だからである。
では、何が時差なのかといえば、地球の経度、即ち、角度の差である。
日本は東経135度、アリゾナは西経125度(よくわからないが、ハワイは日付変更線の向こうだから多分この程度)だから角度差は100度である。
360度で24時間に相当するから
10度当たり0.67時間である。
100度なら約7時間となる。アメリカの方が先に暗くなるので、今9時ならアリゾナは16時のはずだ。
実際にはアリゾナは2種類の時間があり、現時刻(日本で9時)だとすると、アリゾナ西部は17時、東部は18時である。日曜なのでデーゲームなら試合は終わっている。(ドジャースは負けたのと事)
なぜ西部時間でも1時間のずれがあるのかと言えば、アメリカはサマータイム制なので、夏の間は1時間時計を早める。即ち、経度で決まる時刻よりも夏の間だけ時計の針を1時間進めて、夕方の明るい時間の有効利用をしている。それで、1時間プラスしなければならなかったのである。
以上の説明で最後は余計混乱するかもしれないが、地理が特異なら、現地の経度は大体推定できるので、
「経度10度で0.67時間差」
と考えておけば1時間の誤差で現在の現地の時間が推定できる。
応用問題
15時に成田からジェットで8時間乗って、ロサンジェルスに着いたら現地は何時か?
冬ならば7時+8時間で日本の現在時刻の15時間後、夏ならば8時+8時間で16時間後になるので朝の6時か7時ということになる。(日付変更線があるので一日前になる。)
パリならば(0度のグリニッジから近いので)経度差は120度程度だろうから、ジェットで10時間かかるとすれば
-8時+10時間で日本の現在時刻の2時間後に着く。
これは楽だ。時刻で考えるとあまり変わらない。
これが西回りでは時差ボケがあまり気にならない理由かもしれない。
これは時差が米国内でもあるためだが、ナイターとデーゲームの差もある。いつまでたっても時差の直感的理解ができない。
これは時差という用語が良くないのである。時差とは時間や時刻のさではない。正確には角度差と呼ぶべきである。
アリゾナと日本に時差はない。なぜなら今は今だからである。
では、何が時差なのかといえば、地球の経度、即ち、角度の差である。
日本は東経135度、アリゾナは西経125度(よくわからないが、ハワイは日付変更線の向こうだから多分この程度)だから角度差は100度である。
360度で24時間に相当するから
10度当たり0.67時間である。
100度なら約7時間となる。アメリカの方が先に暗くなるので、今9時ならアリゾナは16時のはずだ。
実際にはアリゾナは2種類の時間があり、現時刻(日本で9時)だとすると、アリゾナ西部は17時、東部は18時である。日曜なのでデーゲームなら試合は終わっている。(ドジャースは負けたのと事)
なぜ西部時間でも1時間のずれがあるのかと言えば、アメリカはサマータイム制なので、夏の間は1時間時計を早める。即ち、経度で決まる時刻よりも夏の間だけ時計の針を1時間進めて、夕方の明るい時間の有効利用をしている。それで、1時間プラスしなければならなかったのである。
以上の説明で最後は余計混乱するかもしれないが、地理が特異なら、現地の経度は大体推定できるので、
「経度10度で0.67時間差」
と考えておけば1時間の誤差で現在の現地の時間が推定できる。
応用問題
15時に成田からジェットで8時間乗って、ロサンジェルスに着いたら現地は何時か?
冬ならば7時+8時間で日本の現在時刻の15時間後、夏ならば8時+8時間で16時間後になるので朝の6時か7時ということになる。(日付変更線があるので一日前になる。)
パリならば(0度のグリニッジから近いので)経度差は120度程度だろうから、ジェットで10時間かかるとすれば
-8時+10時間で日本の現在時刻の2時間後に着く。
これは楽だ。時刻で考えるとあまり変わらない。
これが西回りでは時差ボケがあまり気にならない理由かもしれない。
関東大震災の震源と震源移動 ― 2023年11月14日 10:20
関東大震災での震源は、相模湾だと思っていたら、最近の研究では神奈川県西部の大井松田IC付近のようだ。
そこで気になるのは、11月10日午前の神奈川東部を震源とする地震だ。
今まで千葉県西部の地震は多かったが、ついに震源が西進してきたのではないかと心配になる。まあ、首都圏直下型地震はいつ来てもおかしくないと言われてから久しいが、震源の移動はかなり気になるところではある。
ともかく、大震災に何時遭っても何とかなるような準備だけはしておくべきだろう。
特に近年は異常気象で強い低気圧が時々発生する。地震と気圧の関係性がどの程度あるのか定説はないようだが、異常に強い低気圧の時は特に注意が必要に思う。
そこで気になるのは、11月10日午前の神奈川東部を震源とする地震だ。
今まで千葉県西部の地震は多かったが、ついに震源が西進してきたのではないかと心配になる。まあ、首都圏直下型地震はいつ来てもおかしくないと言われてから久しいが、震源の移動はかなり気になるところではある。
ともかく、大震災に何時遭っても何とかなるような準備だけはしておくべきだろう。
特に近年は異常気象で強い低気圧が時々発生する。地震と気圧の関係性がどの程度あるのか定説はないようだが、異常に強い低気圧の時は特に注意が必要に思う。
リニア新幹線問題の簡単な解決方法 ― 2023年07月27日 18:39
静岡出身の知人によれば、リニア新幹線トンネル掘削工事による大井川水系への影響についての静岡県知事の問題提起は水利権に関わる歴史的経緯を考慮すれば、故無きものではないということである。
しかし、JR東海による静岡県民心理の読み違えが問題の本質であろう。これを解決するのはある意味簡単である。
それは、静岡県内にリニア新幹線の駅を設置することである。リニア新幹線の静岡南アルプス駅候補としては静岡工区の千石川非常口の北にある二軒小屋付近に設ければよい。
現計画では静岡工区の千石川非常口は事故時の非常口のようだが、これを駅のある正式出口にすればいよい。これは比較的簡単に設計変更できるはずである。
この新駅設置をJR東海に静岡県から申し込むだけで殆どの問題は解決するし、静岡県の面子も立つ。
二軒小屋には元々静岡県の関連林業企業などが設置した宿泊施設があり、南アの中核的登山基地である。昔、ここに泊まって、大井川のイワナ釣りを楽しんだことがあるが、上高地に雰囲気が似ている。
畑薙ダムから歩きだと丸一日かかるが、ここに東京から1時間で行けるとなると、日本有数の観光スポットになる。
首都圏の登山人口比率を1%としても毎年少なくとも十万人がリニア新幹線の二軒小屋駅を訪れる。
また、二軒小屋は今は休業しているが。上高地のように帝国ホテルなどを呼べば、南アルプスの屈指の観光地になる。
更に、荒川岳にロープウエイなどを延ばせば、日本のグリンデルワルトにもなり得る。
地元では南アルプスの良さが分からないのかもしれないが、静岡県は県を挙げてこの新駅をJR東海に要求すればよい。
大井川の水流問題などは、二軒小屋に隣接する田代ダムの水の富士川側への流量を減らせば簡単に解決する。富士川の発電所は東電所掌なのだから、JR東海にこの水利権交渉を任せれば簡単に解決する。
ともかく、県知事も支持する県民も地元の観光資源の良さに気づいていない。JR東海は東京と名古屋しか頭にないので、更に悪い。スイス人の頭の良さを見習ってほしい。そして、最近の日本人の自然志向にちょっとは気づいてもらいたい。ビジネス客だけが乗客ではない。
しかし、JR東海による静岡県民心理の読み違えが問題の本質であろう。これを解決するのはある意味簡単である。
それは、静岡県内にリニア新幹線の駅を設置することである。リニア新幹線の静岡南アルプス駅候補としては静岡工区の千石川非常口の北にある二軒小屋付近に設ければよい。
現計画では静岡工区の千石川非常口は事故時の非常口のようだが、これを駅のある正式出口にすればいよい。これは比較的簡単に設計変更できるはずである。
この新駅設置をJR東海に静岡県から申し込むだけで殆どの問題は解決するし、静岡県の面子も立つ。
二軒小屋には元々静岡県の関連林業企業などが設置した宿泊施設があり、南アの中核的登山基地である。昔、ここに泊まって、大井川のイワナ釣りを楽しんだことがあるが、上高地に雰囲気が似ている。
畑薙ダムから歩きだと丸一日かかるが、ここに東京から1時間で行けるとなると、日本有数の観光スポットになる。
首都圏の登山人口比率を1%としても毎年少なくとも十万人がリニア新幹線の二軒小屋駅を訪れる。
また、二軒小屋は今は休業しているが。上高地のように帝国ホテルなどを呼べば、南アルプスの屈指の観光地になる。
更に、荒川岳にロープウエイなどを延ばせば、日本のグリンデルワルトにもなり得る。
地元では南アルプスの良さが分からないのかもしれないが、静岡県は県を挙げてこの新駅をJR東海に要求すればよい。
大井川の水流問題などは、二軒小屋に隣接する田代ダムの水の富士川側への流量を減らせば簡単に解決する。富士川の発電所は東電所掌なのだから、JR東海にこの水利権交渉を任せれば簡単に解決する。
ともかく、県知事も支持する県民も地元の観光資源の良さに気づいていない。JR東海は東京と名古屋しか頭にないので、更に悪い。スイス人の頭の良さを見習ってほしい。そして、最近の日本人の自然志向にちょっとは気づいてもらいたい。ビジネス客だけが乗客ではない。
西谷と鶴ヶ峰が隣接しているワケ ― 2023年04月13日 10:55
横浜近辺の方はご存じでしょうが、相鉄線が東横線と繋がり、神奈川県内陸部の交通の便が大幅に改善された。その接続駅が西谷である。ここは横浜港に河口を持つ帷子川が流れており、谷に地形なので西谷と呼ばれるのだろう。しかし、その一つ先の駅名は鶴ヶ峰である。国道16号を西谷から鶴ヶ峰方向に走っても殆ど勾配は感じられない。なぜ、鶴ヶ峰などという険しい山を想起するような地名になったのだろうか。
その謎が、旭区役所に行く道沿いで解けた。
ここは、東海道が保土ヶ谷宿手前で分岐し、八王子に向かう八王子街道沿いにある。電車も車のなかった江戸時代、旅人は帷子川沿いにそって開かれた八王子街道を辿っていく以外になかった。その街道は西谷の先で川沿いから外れ、右側の山の方に登るのである。その登りが帷子川を起点にすると鶴ヶ峰の最高時点までおよそ70メートル近くになる八王子街道最大の難所だったのである。今は国道16号が横浜方面から帷子川の水面より20メートル以上高い台地部を通っているので、旧八王子街道の鶴ヶ峰付近での厳しさが分からないが、川沿いに歩いてきた旅人がここで峠を見上げたら、鶴が渡るほどの峰に見えたのではないだろうか。或いは、峠付近が鶴の形をしていたのかもしれない。いずれにせよ、峰のように感じられたのであろう。
神奈川県内の東海道はほぼ歩きつくしたので、今度は八王子街道をチャレンジしようと思う。(交通費も宿泊費も無視できるので)
その謎が、旭区役所に行く道沿いで解けた。
ここは、東海道が保土ヶ谷宿手前で分岐し、八王子に向かう八王子街道沿いにある。電車も車のなかった江戸時代、旅人は帷子川沿いにそって開かれた八王子街道を辿っていく以外になかった。その街道は西谷の先で川沿いから外れ、右側の山の方に登るのである。その登りが帷子川を起点にすると鶴ヶ峰の最高時点までおよそ70メートル近くになる八王子街道最大の難所だったのである。今は国道16号が横浜方面から帷子川の水面より20メートル以上高い台地部を通っているので、旧八王子街道の鶴ヶ峰付近での厳しさが分からないが、川沿いに歩いてきた旅人がここで峠を見上げたら、鶴が渡るほどの峰に見えたのではないだろうか。或いは、峠付近が鶴の形をしていたのかもしれない。いずれにせよ、峰のように感じられたのであろう。
神奈川県内の東海道はほぼ歩きつくしたので、今度は八王子街道をチャレンジしようと思う。(交通費も宿泊費も無視できるので)
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