山岳遭難と単独行の微妙な関係2025年11月07日 06:25

山岳遭難といっても定義はいろいろだ。

ChatGPTに聞くと下に示したように警察庁、消防、学術論文などで広範な定義が使われており、必ずしも救助隊が出動するようなケースだけには限らない。

要するに登山者(遭難可能性のある者)から見た遭難と救助するほうから見た遭難では定義が異なるということになる。

 では山行形態から見た場合の遭難リスクはどうなるだろうか。
上記の山岳遭難の定義には誰も知らないまま死亡状態になる例は含まれていないようなので、遭難リスクとは、①遭難状態に陥いるリスクと②遭難状態で救助隊が救助できるリスクの積ということになる。

まず、②については、同行者がいる場合やグループ登山では、遭難状態(遭難該当者の下山が困難な状態)の場合、公的機関への通報がより容易で、救助しやすくなるという意味で救命率は上がるだろう。
しかし、単独行動では公的機関への通報がより困難で死亡リスクも上がることになる。

 これは遭難状態に陥った場合の確立であるが、遭難状態に移行する確率はどうなるだろうか。即ち①になるリスクである。これも一般論は難しいが、多少の経験のある登山者にとってはグループ登山よりも単独行のほうがこのリスクは下がるように思う。即ち、ザイルで複数人で落下リスクを下げられる山行の場合以外は、登山者がこのリスクの責任者であり、自らの体調や経験をもとにリスクを下げる行動をとりやすい。一方、グループ登山ではリーダーの指示に従うことになるので、各登山者は全体の行動パターンに左右されることになり、リーダーが相当優秀でない限り各自の①のリスクは上がる可能性がある。即ち、定性的には以下のような傾向になろう。

                   グループ登山   単独行

①遭難状態に陥いるリスク     大        小
②救助隊が救助できるリスク    小        大

実際の遭難リスクとは①と②の積なので、単独行は危険ですというマスコミ等のよる喧伝は必ずしも当たらない。即ち、公的機関の定義にあった遭難リスクの低減だけを狙ったものと言える。それは社会防衛という観点で仕方がないことでもある。

昔、加藤文太郎という「単独行」という山岳紀行を書いた名登山家は同行者を連れた山行で槍ヶ岳で遭難死した。一方、植村直巳は大登山隊のメンバーとして日本人初エベレスト登頂を果たしたが、単独でマッキンリー(トランプがデナリからこの名称に戻したようだが)で行方を絶った。

今後、この①と②の各リスクを評価できるような大規模データの収集と分析が可能になれば無用な論争をさけられるだろう。

*************************

ChatGPTとのQ&A
Q:山岳遭難に公式の定義はありますか。

「山岳遭難(さんがくそうなん)」には公的機関による定義があります。
ただし、法律で明文化された定義はなく、主に警察・消防・自治体などの運用上の定義として使われています。
以下に代表的な公式定義を示します。

🔹 1. 警察庁による定義(最も一般的)

警察庁が毎年公表している「山岳遭難の概況」では、次のように定義しています:

山岳遭難とは、登山・ハイキング・山菜採り等で山岳地帯に入った者が、事故・道迷い・病気・疲労等により、自力で下山できなくなり、警察の救助を必要とする事案をいう。

つまり、

山での活動中に、

行動不能または下山不能となり、救助を要した場合、
これが警察統計上の「山岳遭難」とされます。

📘 出典:警察庁生活安全局地域課「令和5年における山岳遭難の概況」など

🔹 2. 消防庁の定義(救助活動の観点)

消防庁では、災害救助統計上の「山岳救助」として扱われます。
こちらもほぼ同様の運用で、次のように扱われます:

山岳・高原・林道などでの転落、滑落、道迷い、疾病、疲労等により行動不能となった者を救助する事案。

📘 出典:消防庁「救助活動年報」

🔹 3. 登山団体・学術的な定義(参考)

日本山岳会や学術論文などでは、より広い概念として次のようにも定義されます:

山岳地域で発生した人的災害(事故・疾病・環境要因など)で、生命・身体に危険が及ぶ事態。

これは警察の統計に含まれない「軽傷事故」「自力下山したが危険な状況だった例」なども含む場合があります。