地熱発電の放射能問題検討の結果が意外な方向に2024年08月01日 05:45

 昨日、地熱発電に関するヤフコメ問題で、地熱発電の放射能問題を定量比較すべきなのは投稿者自身だと書いたが、それも無責任だと思い、日本地熱学会のサイトを調べてみた。

 その結果、地熱が太陽系生成で地球内部に蓄積され崩壊している放射性物質の崩壊エネルギーに由来していることは書かれていたが、環境影響のページには、この放射能放出問題が見当たらない。

 地熱発電を推進する立場とみられる学会でこれに触れないのは自然かもしれないが、アンフェアだとも感じらる。また、ヤフコメを投稿した者が地熱学会に所属しているとすれば、投稿を削除したのも自然な流れである。

 しかし、下記弘前大学のサイトでは、
https://irem.hirosaki-u.ac.jp/news_20151222_1
地熱発電用地下水のパイプに析出したスケール。これに放射性物質が多量に含まれる場合がある。
と記載されている。

 同時に、同サイトでは「自然起源放射性物質データベース」
https://www.nirs.qst.go.jp/db/anzendb/NORMDB/1_bussitunokensaku.php
には、石油や石炭のデータもあるという。

 このサイトから主要なものを拾ってみると、ウラン系列とトリウム系列の合計で

石炭:約100ベクレル/kg
石油、原油:約150ベクレル/kg

一方、総輸入量は2005年で
石炭: 180810754 (t)
石油、原油:210333745.3 (t)

となっている。即ち、これらがすべて燃焼されると、年間で
石炭:1.81E13ベクレル/年
石油、原油:3.15E13ベクレル/年

となる。ラドン温泉の素は約50ベクレル/kgで放射能濃度しか記載されていないが、輸入量は微々たるものだから、石炭、石油に比べ無視できるレベルである。

一方、福島事故で放出された放射能で、半減期が長く影響が大きいセシウム137は1.0E15ベクレル程度と言われているので、石炭、石油の50年分相当である。

 即ち、現在の石油、石炭に頼ったエネルギー構成では50年で福島事故相当の放射能放出となる。

 問題なのは、ウラン系列、トリウム系列ともに半減期は数億年単位であり、30年程度のセシウムよりも影響は長期間に及ぶのである。

 地熱発電の放射能問題どころか、現在主流となっている化石燃料利用の発電方式の放射能と原子力事故での放射能が同レベルだったという意外な結果になった。

 原子力発電の放射能と同時に現在の化石燃料による発電の放射能を問題にすべきだろう。


なお、上記弘前大学のフィリピン地熱発電所調査は、下記サイトに関係論文があることが分かった。

https://repo.qst.go.jp/records/78950

K.Iwaoka, et. al.,、”Natural radiation exposure in geothermal power plant in the Philippines”,Proceedings of 5th International Conference on Environmental Radioactivity (ENVIRA2019)p. 39-41(2020)

この論文の要旨の翻訳は以下のとおりである。
 近年、地熱発電所はエネルギー生成産業の1つとして世界中で稼働している。フィリピンでは,他国と比較して比較的多くの地熱発電所があるが,これらの発電所における放射線情報は少ない。本研究では、フィリピンの地熱発電所において、スケールと土壌の放射能濃度および周辺線量当量率の測定を行った。すべての作業現場における周辺線量当量率は0.038から0.051μSv/時の範囲であり、フィリピンの平均値よりも低い値であった。試料中のウラン系列,トリウム系列、カリウム-40の放射能濃度は、IAEA安全基準の関連値(カリウム-40については10Bq /g、その他の天然起源の核種については1Bq/g)よりも低かった。

地熱発電の放射能とラドン温泉の相関と被ばく基準の奇妙な関係2024年08月02日 07:21

 地熱発電は地球内部のマグマによる熱水エネルギーを利用した発電方式なので、マグマの熱源であるウランやトリウムなどの放射性物質との隔離がうまくいけば放射能とは無縁にできるはずである。しかし、その熱水と放射性物質の地球内での分離が不十分なのが、世にあるラドン温泉やラジウム温泉である。ラジウムは金属だが、ラドンはラジウムの崩壊で生成される希ガスなので特に温泉水中に含まれやすい。

 ところで放射能というものは、半減期が短ければすぐになくなる。半減期が長ければ、崩壊しにくいので検出しにくい。

 ラジウムはウラン238から始まり、鉛206という安定核種で終わる19個の核種からなるウラン崩壊系列の中で、ラジウム226という1.602年という比較的検出しやすい半減期を持つ放射性核種として存在する。ラドンはラジウムの崩壊により生成されるので、これも検出しやすい。

 また、トリウム崩壊系列では、ラジウム228という半減期5.7年の核種、ラジウム224という半減期3.6日の2つの核種があり、ラドン220は後者の崩壊で生じる。

 なぜ、こんな系列が地球にあるのかと言えば、48億年前に太陽系が生成される前、地球の材料となる宇宙塵を生成した超新星爆発が大規模な核爆発であり、そこで様々な核種が生じたが。地球はその中の重い核種を集めたため、惑星の中で地球のみが現在も地震や火山活動など活発な活動をしている。太陽や木星より遠くの惑星はは宇宙のビッグバン時に大量に生成された水素が集まったもので惑星とは形成過程がことなる。近くの惑星は地球に組成は近いが重い核種は少ない。
 
 地球はウランなどの重い核種を取り込んで生成されたが、ウラン系列の開始核種ウラン238、トリウム系列の開始核種トリウム232の半減期は各々45億年、140億年なので、今でも崩壊せずに地球に残って温泉など地熱エネルギーを供給している。
 即ち、地球の生成初期には更に多くの放射性核種が存在していたことになる。生物もそれを利用していて、ヒトのミトコンドリア内に約4000ベクレル存在するカリウム40は半減期12億年であるが、植物では太陽光の届かない地中での発芽におけるエネルギー源にもなっているらしい。

 ところで、ラドンは希ガスなので、ラジウムよりも体内に取り込みやすく、また、放射能とは言っても逆に健康に良いという説も強い。下記の山田邦子さんのサイトはラドンの健康効果を分かりやすく説明している。
https://gan-senshiniryo.jp/live_long/post_6675

 このサイトでの放射線ホルミシスとは、単純に言えば、小量の放射線は健康に良く、がんの発生も抑制する効果があるというものである。

 従って、放射能が人間環境に良いのか悪いのかはまだ議論のあるところだが、ここでは、常識に従って、日本の地熱発電で最大どの程度放射能が環境中に放出されるかを概算してみる。

 まず、地熱エネルギーだが、
https://looop-denki.com/home/denkinavi/energy/powergeneration/geothermal-power/

によれば、日本には2347万kWの地熱エネルギーがあるらしい。
これは恐らく熱エネルギだが、熱効率を火力発電所並みの40%として電気エネルギーに換算した場合でも約1000万kWであり、大型原発10基分にしかならない。現在実用化されている熱効率は20%程度で、また、現在の日本での発電容量はわずか60万kWである。

この地熱エネルギー資源をすべて利用できるとした場合、地上に放出される放射能はどの程度だろうか。地熱発電は熱水をそのままくみ上げし、蒸気のみ分離するフラッシュ型と、熱水の熱エネルギのみ熱交換器で蒸気に変換するバイナリー型があるが、後者ならば放射能は地上に出にくい。但し、バイナリー型は熱水の温度が80℃以上必要なので資源量は限られる。ここでは、フラッシュ型を想定して放射能を計算し、その1/2を実際の放出量とする。

 また、温泉中の放射能濃度としては、温泉法上
111ベクレル/ℓ以上
のラドンを含まなければならない。一方、放射能泉の割合は
https://www.murasugi.com/contents/document08-001によれば
7.7%である。即ち、全国平均の温泉のベクレル数は
8.5ベクレル/ℓ
ということになる。

 一方、全国の温泉の湧出量は
https://www.spa.or.jp/onsen_wp/wp-content/uploads/2018/06/onsen_best10_28.pdf
によれば上位10県で
1,612,624ℓ/分
である。全国ではこの2倍の湧出量であると見積もる。

 これらから、仮に全温泉流出量を地熱発電で利用できた場合、年間ラドン放射能放出量は

8.5×1612624×60×24×365×2/2=7.2E12ベクレル/年

となる。
 この値は昨日計算した石炭年間輸入量がすべて火力発電で燃焼した場合の放出放射能
1.81E13ベクレル/年
の約半分である。しかし、発電量は大型原発10基分相当しかない。
しかも温泉の入浴の機会に影響する可能性もある。

 このような発電方式をどうするかという重要な問題は、専門家が更に定量的な情報を提出し、民主的に議論できるような環境を整えたうえで公開で討論すべきだろう。




 なお、前述の小線量での放射線ホルミシスに関しては、以下のような考え方で説明ができる。
 現在の放射線被ばくに対する法律上、或いは、マスコミなど一般世論での議論は、被ばく線量の大小のみが対象になっている。

しかし、これまで統計的に有意ながん発生を生じた例は、広島・長崎の被ばく生存者だけである。この被ばくは原爆による被ばくであり、1ミリ秒以下の瞬時被ばくである。この様な瞬間的な被ばくというものは、二十世紀になって初めて生物が受けた放射線被ばく形態なので、免疫が無い。

ところが、この被ばく量とがん発生の関係から現在のICRPの年間被ばく制限値が設定されており、1ミリ秒以下という瞬時被ばくであることが無視されて、年間の被ばく線量制限に対する規制値になっている。
これは一気飲みのアルコール制限を年間摂取制限と混同しているようなものである。

即ち、時間線量率に対する制限値が現在の規制値にはないことである。(数か月あたりという制限はあるが瞬間被爆への制限はない。)このICPR基準が世界各国の法律に取り入れられている。

 このため、瞬時被ばくである太陽フレア初期のX線被ばくを受ける機会の多い米国CAでは、これも統計的に有意な乳がん発生率となっている。このような高空での宇宙線の被ばくも二十世紀になって初めて人類が経験する瞬間被ばく形態である。彼女らはICRPの年間被ばく制限は満足しているのにがん発生率は、一般人の三倍程度になっている。。

 従って、ICRPのような年間総線量のみの1次元的な規制ではなく、時間線量率と総線量の両者を含む2次元的な被ばく規制に変更すべきである。時間線量率の問題を無視しているから、一般人の年間被ばく制限はがんになる可能性のある線量を1ミリシーベルト/年としながら、
放射線がん治療では、最大70シーベルトも患部に照射している明らかなパラドックスを説明できないことになる。

 放射線がん治療は原爆のような瞬時照射ではなく、数時間を掛けて照射する。周辺の通常細胞も工夫しても同レベルで被ばくするが、がん細胞と通常細胞の感受性の差が利用できるのでがん細胞のみ死滅できる。通常細胞は瞬時被ばくでないのでがん抑制遺伝子が効果を発生する時間的余裕があり、がんにはならないのである。

 このよう時間線量率の効果を取りいれた新基準を制定するために、様々なデータを原子力関係者、医療関係者、規制当局など関係者が集まり、早急に議論すべきである。このような2次元的な規制基準であれば、実際に健康的で地球温暖化にも対応できる施策が討論できるようになるだろう。現在の基準はICRPが様々な政治的圧力を受けて一見安全側に設定したかに見える基準でしかない。

 また、現在の時間線量率被ばくの動物実験データはせいぜい数時間単位の線量率のデータであり、ミり秒単位の実験データは(広島・長崎は米国側からは実験だったかもしれないが)広島・長崎の被ばく生存者のがん発生及死亡データ以外には存在も公開もされていない。
何しろ原爆の爆発時間自体、広島の放射線関連の研究所が公開した米国側の資料では正確なデータを示していない。約1マイクロ秒となっているが、これは炉物理の理論から得られる値と三桁異なるうえ、根拠も示されていない。時間線量率が無視されているので、適当に書いたものだろう。

更に、最も重要な被ばく生存者の発がんや寿命データも最近非公開にしたそうである。別に個人が特定されるデータがあるわけでもなく、何年間も公開されてきたが、現在の基準の問題指摘の論文に用いられるのを防ごうとしているのだろう。これも個人情報保護を名目にした問題のある行為である。

オリンピックのジェンダーと浴場の性別2024年08月05日 06:09

 自由。平等、博愛がフランスの国旗の3色を示しているが、自由とは多様性を認めることでもある。

 一方、オリンピックは個人を男か女かで区別し、その他のジェンダーは認めていないように見える。男女の判定の差が国際ボクシング連盟とIOCの間で摩擦を生み、騒動になっている。

 福井県小浜市のある入浴施設を時たま利用するが、ある違和感を覚える。受付で料金を払うとロッカーのカギを渡してくれるのだが、男湯と女湯のどちらのロッカーのカギを渡すのかは、受付の女性が客の見かけだけで決めているのである。この施設でジェンダー騒動がこれまであったとは聞いたことがない。国際組織委員会以上の判定能力である。

 ところで、男女の差はどこから来るのか。
二河成男「生物の進化と多様化の科学」、放送大学振興会(2007)第14章によれば、

 無性生殖は突然変異以外新たな多様性は生じないが、動物の有性生殖では必ず異なる固体の配偶子(精子と卵子)が組み合わされるので多様性のある個体が生まれ、種全体の生存の維持がし易くなるのである。この精子と卵子への親の二対の染色体配分が偶然に左右されるだけでなく、配偶子ができる際に、対となっている染色体の部分的な置換も起こるので、多様性は高まる。これが次世代の子の多様性を生み出し、種の生存確率を上げる。
 生存に有利な2つの変異が別の個体で生じた場合、無性生殖ではその変異をもつ個体はその子のみに留まるが、有性生殖なら、いつかは2つの変異を同時に持つ個体が生じ、ウイルスなど環境変化への適応が可能となるのである。

 ヒトの場合、性が遺伝的に決まるが、それはX性染色体を二つ持つか(オス)、XとYの染色体を1本ずつ持つか(メス)である。但し、それは配偶子のどちらを作るかの遺伝子であって、体や脳の様々な形態はほかの遺伝子の変異がどうなっているかに関わるので、男らしい体格のXX染色体の持ち主や女らしい体格のXY染色体の持ち主も当然いることになる。ヒトの場合、性染色体は44本ある全染色体のうちの2本だけを占めているに過ぎない。

 遺伝子の変異は要するに種の生存能力として備わったものなので人類共有の特性であり、別にトランスジェンダーだけが持っているものではない。

 また、生物の中、特に、魚類や昆虫では性が食物で変わるものもある。ある魚はオス、メスという性別でなく、6種の性別を持ち、その中の2種の組み合わせで繁殖ができる。このような機能も環境の変化に対応するための生存能力の多様性の表れである。生物の進化の中で人もそのような染色体変化の影響を受けない訳がないので、典型的な男、女とは異なる人も一定程度生じるのは生物として当然と言える。



 では、オリンピックでの性区別はどうすればいいのか。

 IOCの区別の基準は現在、パスポートの性別だそうだが、パスポートは国によっては性別が無くなる、或いは、中間の性別が記載される例も出てくるだろう。すでにそのような傾向は出てきている。

 小浜の入浴施設の受付の方に区分けてもらうの方が、ステロイドホルモンなどを調べるよりも良いのかもしれないが、もともと男と女の区別、定義はできないものなのである。ホルモンで調べても必ず個人的な差が、いわゆる性別差よりも大きいことがありうる。

 しかし、どうしても区別したいというスポーツの要請があるならば、個人種目に関しては、自己申告しかないだろう。そういうものだと思って選手は参加するしかない。少なくとも現状ではまだ見かけで判断するほうが分かりやすいのである。
 
 団体種目に関しては、男女の区別をなくし、すべて混合戦とすれば不公平感はなくなるだろう。それは、ヒトから成立している国、地域では、男、女、トランスジェンダーの比率は、生物学的にほぼ一定であると見込まれるのだから。

効率的な鼻毛カッターの使用方法2024年08月05日 11:17

 大気汚染の進む中、鼻毛も伸び放題になる。
 
 そこで、高価な電動鼻毛カッターを購入したが、なかなかすんなりとはカットできずにイライラが募ることになる。

 そこで、鼻毛カッターの内部を分解してよく見ると、電動髭剃りとはかなり異なる構造になっていた。

 外刃はV字状の切れ込みが入った円筒の上部の上部を内側に折り込んだ形状であり、一見、上 部と側部から鼻毛を差し込めるように見える。

 一方、内刃は髭剃りとは全く異なり、中心軸に二枚の長方形の薄い刃が刺さった構造で、回転すると外刃の円筒部内面を擦ることで外部から差し込まれた鼻毛の先端をカットする。

 即ち上面では内刃と外刃は完全には擦りあわず、周辺部のほうがこすれあっているのである。

 また、内刃の付いているプラスチックの中心軸があるため、上部から見て一番面積が大きいように見える中心孔にいくら鼻毛を突っ込んでもカットはできない。

 従って、効率的に柔らかい鼻毛をカットするには、上下方向に鼻の穴の中をシークしながら同時に前後方向にも装置全体を動かすことで側面から先端が差し込まれることが重要である。

 こうすることで、カッターの周囲から入った柔らかい鼻毛が側面内部の外刃と内刃の擦れ面に当たる確率が増え、短時間にカットされることになる。

 注意点としては、最初は浅くカッターを突っ込んで、鼻毛の先端をまずカットし、その後根元までをカットするように徐々に挿入深さをかえることである。

 最初から深めに挿入すると、長く柔らかい鼻毛はなかなか両刃の間にキャッチされず、カット時間が伸びてしまう。

 この構造はP社製の電動鼻毛カッターなので、他社は多少異なるかもしれないが、基本は上下、前後、左右に振りながら、最初は浅く、次第に深く挿入していくという(変な想像をしてはいけない)、刃の構造と鼻毛の柔らかさを考えたカット方法がおすすめである。

広島の被ばく者は実際にはどの程度被ばくしたのか2024年08月06日 17:29

 ICRPや各国の被ばく規制値の大元である広島・長崎の被爆者データが公開されなくなったのは、個人情報保護の観点という名目だが、少なくとも数年前までは公開されていた。

 しかし、その中にあった被ばく量の評価の基となる線源データ(原爆がどの程度の放射線を放出したのか)という最も基本となるべきデータは、軍事機密の壁に阻まれ多くが米国側の独占評価データとなっており、日本側には公開されていない。

 これが、いつまでたってものどに刺さった骨のようにがん発生確率と被ばく量の関係の議論の曖昧さの一因になっている。実際、被ばく量データは数年おきに多少異なる値が報告されており、関係学会はその妥当性、影響を後追いするのに追われている。

 ここでは、どの程度の妥当性があるのか、公開されている原爆の構造とエネルギー放出量から簡単なモデルで爆心からの距離と被ばく量の関係を概算してみた。

 実際の被ばく者データはこのような単純なモデルではなく、米国側の評価した家屋の遮へい効果などを被ばく生存者ごとに、個々に考慮した結果のみを日本側に提示している。しかし、その詳細は米国研究者のみが知るところであり、その結果、ますます本当の値が何なのかブラックボックス化している。現在の被ばく線量とがん発生リスクのICRP値は砂上の楼閣かもしれない。

ここで行った評価の基本条件は以下のとおりである。
(1)原爆(LittleBoy)の基本構造はWikipedia公開のデータを用いる。
https://en.wikipedia.org/wiki/Little_Boy
(2)爆発エネルギーはTNT換算16ktとする。(放影研公開データ)
(3)総ち中性子発生数は、16ktから、原子炉物理テキストデータを用いて換算する。(米国側データによる放影研公開データは不整合なため使用しない。炉物理テキストデータの1/3となっている。核分裂数当たりの中性子発生数は約3なので、米国側が適当に書いた可能性もある。爆発時間も放影研データでは1μ秒以下となっているが、高速炉の即発中性子寿命から推定される爆発時間は6.2μ秒なので、米国側は、より詳細な値を提示すべきである。)
(4)爆発中心は標高650mとする。(放影研公開データ)
(5)地形は無限平板、空気は湿度70%の空気とし、爆発中心から代表距離の位置でのガンマ線を連続エネルギモンテカルロ計算により評価する。
(6)ガンマ線線量換算係数はICRP Pub. 116を用いる。
(7)中性子線量については寄与が小さいので無視する。

 モデル化にあたっては、原爆の爆発時の細部仕様が上記Wiki公開データでは不明のため、寸法関係で仮定した部分もあるが、結果的には、下記値となった。

爆心直下 :21.7Gy
0.5㎞    :7.5Gy
1㎞     :0.96Gy
1.5㎞    :0.13Gy
2.0㎞    :0.039Gy
2.5㎞    :0.0066Gy

これらの値と放影研の個人被ばくデータを比較したいところだが、
現在非公開になっており、また、家屋等の遮へい効果も不明なため単純な比較はできない。

ただ、上記値は従来公開されている値よりかなり小さい値になっており、これで被ばく生存者の位置において有意ながん発生があるのか疑問である。しかし、ICRP基準は原爆(当方の計算では1ミリ秒以下で被ばくした)における時間線量率の高さを無視して、年間被ばく量制限値として用いることを前提にデータを公開しており、上記値のような小さな値でがん発生があるとすると、規制にならないと考えたという疑いも考えられる。いずれにせよ、データ公開は必要であり、今や、原爆の構造も、北朝鮮ですら広島型よりも大きく変更している。LittleBoy、Fatmanともに放影研に全面データ公開し、日本側ですべての線量評価をしてもらいたいものである。、

広島原爆と長崎原爆の差2024年08月07日 07:10

 米国が何と言おうと原爆投下は人体実験だった。或いは冷戦に備えた米国の予備実験だった。

 それは、広島に投下したLittleBoyが濃縮ウラン原爆でほぼ確実に爆発することが分かっていたのだが、ウラン濃縮は時間と費用が膨大にかかる。一方、長崎に投下したFatmanはプルトニウム原爆なので濃縮の手間がいらないが、自発核分裂するプルトニウム-240の混合が避けられないので、不完全爆発の可能性が排除できない。(北朝鮮の最初の原爆実験はこの不完全爆発のために失敗したと美られる。)

 当時の米国の対ソ連戦略としては、両者を日本で実験し、できればプルトニウム型の技術を確立しておきたい。そこで、広島に投下した後、日本国内の終戦の議論が深まらないうちに日にちを置かず長崎にプルトニウム原爆を投下したと見られる。日本人としては許せない所業である。

 この差は、原爆生存被ばく者のがん発生率データにも見られる。

下記の表は、以前放影研より公開されていた各市毎の原爆男性生存者を対象に、被ばく線量と固形がん発生率の関係を統計解析コードRにより解析したものである。

 この解析では5mGy以下の被ばく者を被ばくの影響がなかったベースラインと仮定して、被ばく線量範囲の上限を20mGy~3400mGyまで拡大した場合のERR(Excess Relative Risk、即ち、がん発生率の相対値から1.0を引いたもの)を解析した例である。線量以外にがん発生には喫煙や年齢など多くの関係因子があり、これらは個別に考慮することで、Rでは線量による影響のみをERR線量偏回帰係数として抽出できる。
 これで見ると、広島では300mGyに閾値がありこれ以下ではERRに対する線量偏回帰係数が負になり、がん発生率がベースラインよりも小さい、即ち、ホルミシス効果が生じていることを示している。一方、長崎では、80mGy以下に閾値があるように見える。但し、統計精度(p-value, 一般には0.05以下であれば信頼できる数値と言われている)にはかなり差がある。p値は被ばく者の人数やがん発生の絶対数に依存する数値である。いずれにせよ、両市で線量偏回帰係数の傾向に大きな差があることがわかる。
 なお、白血病については、発症数が少ないためにp値が大きくなり、従来被ばく影響に対する評価は定まっていない。

 この原因はどこにあるのか。検証したいところであるが、線量自体が米国側の担当になっており詳細は不明である。日本側は軍事機密という理由で評価に携わることができないままである。このようなデータが現在の放射線被ばく基準のベースデータとなっていることが残念である。
 即ち、線量が高いときは有意の相関があるが、低線量範囲では不確かさが大きいという理由から、全線量範囲に対する偏回帰係数を用い、線量0でERRが0となるという仮定(LNT仮定と言われている)を使って、現在のICRPや各国の被ばく制限が設定されている。

両市の男性被ばく生存者の固形がん発症リスクとERR線量偏回帰係数の関係

線量範囲   ERR線量偏回帰係数   解析精度
(mGy)      ERR /Gy          p-values
         広島   長崎    広島     長崎

5-20   -4.8892   4.9897   2.10E-01  5.61E-01  
5-40   -5.5532   -6.8660   1.34E-03  1.60E-02  
5-60   -1.5180   -2.5905   1.67E-01  2.32E-01  
5-80   -1.5374   -0.9157   5.33E-02  6.09E-01  
5-100  -0.7881   0.0167   2.31E-01  9.92E-01  
5-125  -0.7885   0.2034   1.38E-01  8.80E-01  
5-150  -1.2086   0.5073   5.36E-03  6.62E-01  
5-175  -1.1759   0.3871   1.81E-03  6.89E-01  
5-200  -0.6830   0.1367   4.96E-02  8.68E-01  
5-250  -0.5470   -0.8711   6.41E-02  1.01E-01  
5-300  -0.1923   0.0213   4.44E-01  9.66E-01  
5-500   0.0989   -0.2899   5.70E-01  2.82E-01  
5-750   0.2096   -0.1890   1.11E-01  2.81E-01  
5-1000  0.3039   0.0677   6.39E-03  6.20E-01  
5-1250  0.3300   0.1407   6.55E-04  2.55E-01  
5-1500  0.2549   0.0971   2.38E-03  3.44E-01  
5-1750  0.2790   0.2206   4.14E-04  3.17E-02  
5-2000  0.3296   0.2364   1.96E-05  1.80E-02  
5-2500  0.3668   0.2328   1.63E-07  1.08E-02  
5-3000  0.3650   0.2631   3.15E-08  2.98E-03  
5-3400  0.3720   0.2738   1.74E-08  2.12E-03  

 このように、福島事故を含め、米国の壁により科学的、技術的データの真相がわからなくなることはよくある話である。

 例えば、事故を起こした福島第一原発を米国GEから導入する際、日本で原子力関連会社の社長をしていた土光敏夫は非常用電源の配置も含め、設計チェックをしたいとGEに申し入れたが、GEからは設計変更をするならば日本には輸出しないと言われ、政府、東電もGEの言い分を受け入れたため、津波対策を考えない配置設計のままであったのが、3.11を引き起こした可能性がある。

 米国の対ソ核戦略の犠牲になったのは広島・長崎の被ばく者だけでなく、その被ばく者データの基となる線量データが上記のように不明確なまま、ICRP基準で福島事故時の避難措置を講じ、震災関連死を生じた。二重、三重の米国による災難を受けたことになる。

広島・長崎被ばく者のがん発生率の男女差はどこから来ているのか?2024年08月08日 09:39

 昨日は広島・長崎の被ばく者の男性について比較したが、女性についてはどうなっているのかを同様に検討してみた。

両市の女性被ばく生存者の固形がん発症リスクとERR線量偏回帰係数の関係

線量範囲   ERR線量偏回帰係数   解析精度
(mGy)      ERR /Gy          p-values
         広島   長崎    広島     長崎

5-20   -9.352   21.446   1.25E-02  2.76E-02
5-40   -4.110   6.1756   2.68E-02  1.13E-01
5-60   -1.375   7.1007   2.46E-01  1.38E-02
5-80   -0.595   6.2842   5.06E-01  6.31E-03
5-100  -0.525   4.7993   4.56E-01  1.33E-02
5-125  -0.801   3.6608   1.38E-01  1.99E-02
5-150  -0.119   2.9700   7.94E-01  2.46E-02
5-175   0.094   1.91567  8.15E-01  7.68E-02
5-200  -0.105   2.20485  7.61E-01  2.65E-02
5-250   0.269   1.76961  3.75E-01  2.46E-02
5-300   0.332   1.63161  1.95E-01  1.11E-02
5-500   0.449   1.33323  7.99E-03  1.04E-03
5-750   0.578   0.93681  1.22E-05  1.67E-04
5-1000  0.662   0.99066  1.19E-08  5.84E-07
5-1250  0.767   0.93179  1.56E-12  9.18E-08
5-1500  0.808   0.88846  <2e-16   1.28E-08
5-1750  0.843   0.9074   <2e-16   2.92E-09
5-2000  0.882   0.94119  <2e-16   3.26E-10
5-2500  0.919   0.84441  <2e-16   3.23E-10
5-3000  0.907   0.79435  <2e-16   4.20E-10
5-3400  0.899   0.80441  <2e-16   2.72E-10

上記表からは、男性と異なり、女性ではERR係数が負から正になる閾値は広島では150mGy付近で、長崎ではしきい値はない。

 女性でも広島と長崎の差は、昨日の表と同様長崎が200mGy程度は小さな値となる。

 女性が男性より瞬間被ばくに弱いのは、人類史的には狩猟生活が長かったので、男性が太陽フレアによる瞬間被ばくの経験が長かったたため、免疫機能が働きやすいということなのかもしれない。
 下記サイトによれば、発がん抑制に関係するインターロイキンの生成を女性ホルモンが複雑に制御するらしい。
https://urawasanatorium.com/2024/07/28/suuryou1/

女性CAが太陽フレアなど宇宙線の影響を特に受けやすいのもこのホルモンの影響によるものなのかもしれない。
https://www.cnn.co.jp/world/35121532.html

しかし、男性、女性ともに、がん発生しきい値が広島にくらべ、長崎のほうが200mGyほど低くなっているのは、ホルモンでは説明がつかない。両市ともに発達した都市部であり、食生活も同等であったろうし、人種系統も差があるとは思えない。

 考えられる理由は、2つある。
(1)ウラン原爆とプルトニウム原爆の差
(2)米国側による被ばく線量評価の両市間での系統的な差を生じるミス

(1)については、Weinberg&Wigner,"Physical Theory of Neutron Chain Reactors",Chicago Press,p.138ではU-235とPu-239の差はα値(中性子捕獲と核分裂反応の比)以外は等価であるとしており、今問題になる即発ガンマ線数も差はないことになる。

従って、(2)の米国側での両市の被ばく線量評価に系統的な差を生じるミスがあって、このような男女の差が両市のがん発生率リスクの原因となっている可能性が大きいと考えられる。

 何しろ、両市の原爆被ばくにおける線源評価は米国側の専有事項であり、基本的に詳細なチェックは受けていないし、現在も詳細は軍事機密という名目で公開されていない。

 LittleBoyとFatmanの爆発前の構造はWIkipediaである程度分かるが、この核分裂物質の内、実際に核分裂したのは10~20%のみであり、しかもその時の構造破壊状況は全く公開されていない。それこそが、ガンマ線が原爆内でどの程度遮へいされたのかを決める条件であり、日本側が現在評価しようとしてもできない壁になっている。

 このような疑問だらけの被ばく量評価とがん発生率をもとに、ICRPの遮へい基準やそれに従った各国の遮へい基準が今も施行され、信じられて、福島事故や使用済み燃料最終処分での被ばく制限条件に用いられていることは広島・長崎の悲劇と同様に悲しむべきことである。

 米側に早急に詳細を明らかにするよう要求すべきだろう。

広島・長崎被ばく者の発がんデータによる新被ばく線量基準案2024年08月08日 14:24

昨日、一昨日に検討した広島と長崎の生存被爆者のがん発症リスクについて、両市間で差があること、男女間でも差があることをどのように遮蔽被ばく基準に反映させるかという問題である。

 理想的なのは、米側から、広島・長崎の原爆線源データの詳細を提示してもらい精査することだが、これはセーヌ川をお台場程度にきれいにするより時間がかかりそうだ。

ここでは、中立的で、合理的な立場になったつもりで、下記の条件で、被ばく基準の見直しを提案してみた。

(1)男女差がありそうなので、ホルミシス仮説は採用しない。
(2)被ばく量が小さいということは時間線量率も小さいということになるので広島・長崎でも線量が小さければ瞬間被ばくと言っても時間線量率も小さく、がん発症率は下がるはずである。
(3)がん治療には最大70Gyを数時間照射しており、広島・長崎のデータを基にしたICRPが作成した一般人への被ばく制限1mGy/年とは明らかに矛盾する。
(4)この矛盾の原因は、ICRPが時間線量率の効果を無視しており、時間積分線量とがん発生と関係だけで現象を評価しているためである。(少なくとも瞬間被ばくの実験データは広島・長崎以外にない。)

以上の想定で、人類の被ばく歴史も考慮したうえで設定した、時間線量率と、積分線量の2次元的な線量制約モデルを下記リンクのPPTシート18に示す。

https://drive.google.com/file/d/1shAsPRPbqcn01mqLNej7zQXyAIAD_QTV/view?usp=sharing

この図では、横軸を年間積分線量(シーベルト/年)、縦軸を時間線量率(シーベルト/秒)とし、シート19に示したような原爆やその他の瞬間被ばく事象、がん治療における大量被ばく事象などを包絡したカーブを基準値とし、それより左下を許容値としている。

 現在のICRP基準は縦軸はなく、単に年間積分線量を1ミリシーベルト(帰還可能線量は20ミリシーベルト)としているだけであり、太陽フレアなど高空での瞬間被ばくの問題に対応できていないことが分かる。

このような新基準を関係者が集まって議論し、過去の経緯を離れて設定することで、放射線被ばく問題に対し実効的で、健康的な、また、地球温暖化の対応も可能な世界が開けるものと考える。

長崎がイスラエルを招待しなかった真の理由2024年08月10日 09:24

 日本を除くG7が長崎市がイスラエルを記念式典に呼ばなかったことを政治的だと非難している。しかし、それは故なきことではないと思う。

  先日ブログに書いたように、、広島に投下したLittleBoyが濃縮ウラン原爆でほぼ確実に爆発することが分かっていたのだが、ウラン濃縮は時間と費用が膨大にかかる。一方、長崎に投下したFatmanはプルトニウム原爆なので濃縮の手間がいらないが、自発核分裂するプルトニウム-240の混合が避けられないので、不完全爆発の可能性が排除できない。

 当時の米国の対ソ連戦略としては、両者を日本で実験し、できればプルトニウム型の技術を確立しておきたい。そこで、広島に投下した後、日本国内の終戦の議論が深まらないうちに日にちを置かず長崎にプルトニウム原爆を投下したと見られるのである。

 これは一部ではよく議論されているが、本当であれば、長崎のほうが、広島よりもより人道に反する投下だと思う。トルーマン大統領のこの判断は、自国を冷戦で有利にするために、長崎の人々を犠牲にしたのである。

 その米国が潜在的核保有国であるイスラエルを基本的に支援しているのだから、長崎市がロシア同様、式典に呼ばなかったのは故なきことではない。(報道では、イスラエルが参加することで式典の安全性に影響するという理由ではあるが。)

 米国は、長崎市を非難する前に、イスラエルの核開発保有について明確にする義務がある。これをあいまいにしたまま、イランの核開発疑惑のみを理由にイランに経済制裁を加えているのも一貫性のない外交である。

 広島・長崎の原爆被害の調査を戦後いち早く開始したのは米国のABCC(原爆障害調査委員会)であり、その後身が広島にある放影研(放射線影響研究所)である。ABCCの設立目的は米ソの冷戦前に、プルトニウム原爆を使用した際の、自国兵士への影響を長崎原爆を用いて調査することにあったのである。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/seibutsugakushi/95/0/95_37/_pdf/-char/ja

 さらに、放影研が原爆の線源データを米国側に一任し、いい加減なデータのまま、ICRP、日本の被ばく制限基準に反映させているのは昨日、一昨日の本ブログに書いたとおりである。

 このような米国の所業を受けている長崎市が潜在的核保有国と言われているイスラエルを記念式典に招待しなかったとしても非難する気にはなれない。

これが真の理由なら、わかるが、パレスチナ代表は招き、イスラエルは招かなかったらしい。これでは政治的意図があったと疑われても仕方ない。政治にはバランスが重要だ。

落穂拾いに隠された意味2024年08月11日 04:17

 山梨県立美術館には。ミレーの落穂拾いが飾られている。
 65歳以上は県民以外も入場無料なのだが、一見の価値がある。

 この絵を購入した際は税金の無駄遣いだと話題になったが、このような有名な美術品は価値が落ちることはないので、長期安定資産だと思えば高くはない。しかも、現金や株と違い、鑑賞する喜びもある。(お金の好きな人は貯金通帳や札束の鑑賞の方が嬉しいかもしれないので人それぞれかもしれないが、上品さでは絵画鑑賞にはかなわないだろう。)

 実は、ミレーの「落穂拾い」(英語ではThe Gleaner)は、二つあり、オルセー美術館にあるのが、教科書に出ている絵であり、山梨県立美術館にあるのはほぼ同じ構図の落穂拾いであるが、名前は「落穂拾い、夏」(英語ではThe Gleaner, summer)という。両方とも本物である。(山梨県立美術館にはミレーの「種をまく人」もある。これも本物である。)

 先日、訪れた際、我々は全くの素人なので説明を聞きたいと一言頼んだところ、以下のように二つの落穂拾いの絵に隠された意味を特別にボランティアの方が説明してくれた。

 その説明により、二つの落穂拾いを並べてみないとはっきりとはわからないかもしれない隠された意味があることが分かった。

 オルセー博物館の「落穂拾い」は有名だからある程度イメージできるであろう。

 遠くに三つの干し草の山があり、手前に三人の農婦がいて落穂を拾っている。

 この構図は、山梨県立美術館の「落穂拾い、夏」も基本的に同じである。 違いは、山梨県立美術館の「落穂拾い、夏」では、干し草の山(実は収穫したばかりの小麦の穂の山)と落穂拾いをしている農婦の距離が短く、すぐそばに見える。一方、オルセー美術館の落穂拾いでは視角が多少異なり、干し草の山までの距離が一キロぐらいに離れて見えることである。

 この暗示するところは、小麦の山は地主の収穫物であり富裕層を象徴し、落穂拾いの農婦は庶民を象徴しているということである。即ち、「落穂拾い、夏」の絵では富裕層と庶民が夏の収穫の際にはまじかに見えているが、実際にはオルセー美術館の「落穂拾い」の絵のように、秋のような厳しい季節になれば格差が大きいことが明らかになるーという身につまされるような真実が二つの絵でミレーが言いたかったことなのである。

 これが実感できるかどうか、可能であれば山梨県立美術館を訪れてほしい。(なお、説明ボランティアは常駐してはいないそうである。)
 
 オルセーの方は、教科書でもネットでもよく見られるので余裕のある方はパラリンピック見学を兼ねてパリを訪問されたら良い。(なお、昔フランスの美術館は週末は無料だったような気がするが今は分からない。)

 話は変わるが、モスクワの美術館はすべて入場無料で説明ボランティアもおり、写真撮り放題だった、文化レベルの差なのか政治レベルの差なのか現在では確認できないのが残念である。