黒い雨で区別するのは無理筋だろう2024年09月10日 10:29

 昨日、長崎地裁で認定範囲以遠での被ばく者からの被ばく者認定訴訟に対する判決公判があり、黒い雨の降った地域のみ被ばく者と認定するとの判決が示された。

 だが、黒い雨とは原爆の核分裂で生成された核分裂生成物の崩壊放射能を主体とした放射能雨である。
 核分裂生成物の放射線は、崩壊にともない放射されるので、短時間接触したくらいでは被ばく量の増加は無視できる。

 Weinberg&Wigner”The Physical Theory of Neutron Chain Reactors"(Chicago Press.)のp.138によれば、ウラン235核分裂における放射線ごとのエネルギ配分の最確値は

核分裂生成物の運動エネルギ   167MeV
即発ガンマ線            6MeV
即発中性子運動エネルギ      5MeV
核分裂生成物の崩壊エネルギ
  ガンマ線              6MeV
  ベータ線              8MeV
ニュートリノ            12MeV

 合計              204MeV

である。このうち、がん発生に関係する外部被ばくに寄与する放射線は

即発ガンマ線6MeVと核分裂生成物の崩壊ガンマ線6MeV

である。プルトニウム239もほぼ同じエネルギを放出する。

即発ガンマ線6MeVは被ばくしたすべての被ばく者が爆心からの距離などによる影響はあるが全員が瞬時に被ばくしている。
一方、黒い雨に含まれる核分裂生成物の崩壊ガンマ線は、同じ6MeVではあるが、長時間の崩壊で徐々に放出されるガンマ線である。

崩壊熱経験式でt時間後の崩壊エネルギを模擬すると

Q(t)=Q0​⋅(a・t^(−0.2))

Q(t) は時間 t後の崩壊熱出力(tの‐0.2乗に比例)
Q0​ は核分裂停止直後の崩壊熱
a はフィッティング係数(おおよそ6%)

となる。この式から黒い雨が爆発から1時間後に降り、その雨の中心にすべての核分裂生成物があったとして、その雨の中で36秒(100分の1時間)いたとしても6MeVの約0.3%分のエネルギの放出を受けるに過ぎない。即ち、即発ガンマ線による被ばくが遅発ガンマ線からの被ばくに比べ圧倒的に大きいのである。

 黒い雨を受けたかどうかで、被ばく者の区別をすることは科学的には意味がない。裁判では黒い雨による内部被ばくの可能性を主張しているが、それは上記のベータ線被ばくの可能性である。エネルギは全ガンマ線被ばくよりも小さく、且つ、吸入という経路が必要になるので、ガンマ線よりも直接的な影響は小さい。
 詳細な核分裂生成物による被ばく量は、多田将「核兵器」明光堂、2019のP.394に記載されているが、1Mt核兵器で爆心から20km位置でのFallOutにより一生被ばくしたとして約10Gyであり、21Kt核兵器ならその50分の1、即ち、一生で0.2Gy、毎年0.01Gy以下となり、即発ガンマ線の方が数ケタ大きいのである。

 ガンマ線は距離の2乗にほぼ反比例して減衰する。補償額が爆心からの距離の2乗に反比例するような被ばく被害補償システムのほうがずっと合理的であろう。

 ただ、終戦後、米国ABCCが長崎においても被ばく者の被爆状況を詳しく検討していたことは確かで、しかもそのデータは広島の放影研に渡されたが、日本に渡されたデータ自体が不完全なものであったと推定される。それでも、上記のような推定よりはよほど詳しいデータのはずである。日本政府は放影研所属の米国側線源評価担当者に対し、当時の詳細な評価データを日本側に提示するよう要求すべきである。それがこのような被ばく者認定裁判をより分かりやすくする最も望ましい方策である。
(本ブログ2024年8月7日記事参照)