アフガン難民の受け入れについて2021年09月13日 05:01

 ベトナム戦争直後、数万のベトナム難民が海外に逃れた。その多くは米国である。戦争を開始した側であり、多くの難民は、米国が支援していた南ベトナム政府の統治下で安定した生活を送っていた都市住民だったから米国を頼るのは当然であろう。
 当時、ある米国人から、日本が避難民を受け入れないのはずるいと非難されたことがある。日本は国土が狭く、人口密度が高くて、生活にも余裕はないので外国人を受け入れるのは難しいと反論しようと思った。それが当時の日本人のふつうの考えだった。日本政府も当時(今もそうだが)殆どベトナム難民を受け入れず、漂着した難民は米国に送っていて、米国政府から非難されることはなかったと記憶している。
 今回も南ベトナム政府崩壊時と同じパターンで、米国支援政府の崩壊によるアフガン難民の発生である。歴史は繰り返さる。
 ただ、今回、日本に逃れてきた難民を政府は受け入れるようである。
 ベトナム戦争時と何が変わったのであろうか。
 国内における外国労働者の数がけた違いに多くなっている。また、経済力も大幅に向上した。だから、100人レベルの外国人の受け入れなど問題にはならないということなのか。
 だが、それは政府の受け入れ理由ではないであろう。
 おそらく、国防予算を削減し、世界の警察官の役割を終えたい米国からの要請にそったものであろう。
 カブールの大使館では日本人だけがいち早くカタールに避難し、現地協力者を置き去りにしようとしたとの非難が多くのメディアで報告されていた。だが、確かに、政府は、その時も現地協力者を受け入れようとはしていたのである。タリバンがカブールをあれほど早く奪還しなければ、500人程度の現地協力者を政府が受け入れようと動いたことは事実のようである。
 ベトナム戦争当時よりもそれだけ日本には余裕ができ、米国は余裕がなくなったということである。
 それなのに、なぜ、名古屋入管でのスリランカ人死亡のような事態が生じるのか。一部官僚の人権意識はベトナム戦争当時よりも後退しているのかもしれない。また、それは、ヘイトクライムに端的に現れるように、一部日本国民の外国人への意識変化を反映しているようにも思える。

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