宗教禁令と伊達政宗、支倉常長2022年09月23日 09:31

 徳川初期に幕府は海外からのキリスト教布教活動と海外との交易のバランスについて複雑な状況にあった。結局は長崎出島におけるオランダとの交易以外は鎖国とし、キリスト教の禁令措置をとった。
 
 一方、政宗は支倉常長を遣欧使節として派遣し、直接海外との交易の場を求めたというのがこれまでの通説である。

 しかし、実態はかなり異なるようである。

庄司一郎著「聖雄支倉六右衛門」、仙南日日新聞出版部、大正11年
https://www.dl.ndl.go.jp/api/iiif/963757/manifest.json

によれば、当初、徳川幕府は江戸城下で宣教師たちの活動を認めていたようで、スペインの宣教師であり、医師でもあったルイス・ソテロは難病の政宗の側室を回復させ、政宗と親交があった。幕府のキリスト教への弾圧が始まると、政宗はソテロを呼び寄せ、幕府の許可を得てスペインの造船技術を学んだ船大工たちによりサン・ファン・バウンティ号を建造し、ソテロの指揮で支倉遣欧使節をスペイン、バチカンに派遣したとのことである。政宗による遣欧使節は幕府の了解を得ていたということである。

 この使節団は、メキシコでバウンティ号を残し、メキシコ横断ののち、スペイン艦船でアンダルシアに渡り、更に、マドリッドで洗礼を受けた。ソテロの尽力で、一行はスペインでは国王の大歓迎を受け、旅費は全てスペインの国費であったとのことである。更にソテロの案内で、出発から2年後に、バチカンに到達し、パウロ5世の謁見をうけ、政宗の交易に関する親書を手渡したが、手ごたえはなかったようである。当時のスペインとバチカンの関係が影響した可能性もある。
 帰国時は、スペインに3年ほど滞在し、更にメキシコ西岸からサン・ファン・バウンティ号に乗り、貿易風に乗りフィリピンに渡り、堺港経由で仙台に帰着したのは出発から6年後である。

 当時は既に幕府のキリシタン禁令は強化されていた。常長は政宗への帰国挨拶時に、十字架を切り、政宗は「常長は邪宗門の信者になった」と悟ったと本書では主張している。

 一方、仙台一高の初代校長も務めた大槻文彦はこの常長のキリスト信仰は、単に外交手段だったと主張し、墓所は仙台北山の光明寺であると断言している。

 本書で庄司一郎は大槻説に意を唱え、常長はキリスト信仰に殉じ、故郷で蟄居しており、墓は川崎町の東南の支倉地区に残っているはずだと主張している。そして、いつか支倉地区で常長の墓が発見され、常長が転向したのではないことが証明されるはずだと記している。

 常長が背教者となり仙台で生涯を終えたのか或いは川崎町で信仰の道を貫いたのかが二人の主張の墓所に関する議論の争点である。

 現在ならば出土した骨のDNA鑑定などで実際に常長の真の墓所が同定されるかもしれない。

 このような史実がどうなのかという話はたくさんある。
 筆者は、仙南地方の中心地、白石市の名産乾麺である白石ウーメンは、常長一行の一人、松尾大源が、帰国後、村田町から長崎に身分を隠して一人旅をした際に、白石に立ち寄り、イタリアで得たスパゲッティの知識を白石の若者に教えたのが起源だと信じている。
 
 その根拠は本ブログの本年4月7日の白石ウーメンの起源の記事に記載した。

 ところで常長よりも更に信仰を貫いたのは、遣欧使節団を実質率いていたスペイン人ソテロである。フィリピンのルソン島に戻ってきた常長一行と同行していたのだが、徳川幕府がキリシタン禁令を強めていたことを知った常長が、日本への同行を断り、便船で堺まで戻ってきたのである。
 しかし、ソテロは布教活動をするために単独で日本への帰国を図り、ついには大村藩に捕まり、数年後に火炙りの刑になってしまう。真の殉教者である。

 この遣欧使節団は、その年月の長さ以上に、関係した個々人の人生と信仰の経歴を探ると、長大な物語になるのであろう。宮城県の博物館関係者も進めているようではあるが、その史実と文化的、宗教的意義を何らかの形で分かりやすくまとめてもらえると有難いと思う。

注:最新情報では、

「伊達政宗が遣わした慶長遣欧使節の一行のうち、黒川市之丞、松尾太源らは、すでに仙台でキリシタンの迫害が始まっていることを知り、この木場に安住の地を見いだし移り住んだ。また、平戸松浦家の家臣パウロ原田善左衛門はこの地に亡命し、密かに布教を行った。これが大村藩の知るところとなり、原田夫妻は川平の難河原で火刑に処される。時代は下り、その後浦上で崩れが起きるたびにこの木場にもそれが飛び火し、多数の検挙者が出、牢死した者も多い。」

との記述が下記サイトに見える。

「カトリック情報ハンドブック2016」
特集 キリシタン史跡をめぐる―九州編【3】カトリック中央協議会出版部・編
https://www.cbcj.catholic.jp/2017/03/23/13358/

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