断続連載小説 松尾大源(1)2024年02月09日 10:37

1.梁川から白石へ

 横谷松三は、生まれ故郷の梁川からここ白石まで歩いてきて、母の親戚筋が経営する白石温麺(しろいしウーメン)の製麺所に住み込むことになった。20年前の廃藩置県で、梁川と白石は福島県と宮城県に分かれているが、元はと言えば同じ伊達政宗の領地ではあった。
 当時の日本の輸出品の最大のものは、絹製品であった。梁川にも多くの養蚕農家があり、松三の父親は地元の養蚕農家を回って、生糸を仕入れ横浜に出荷するという生糸商人をしていた。前年、小金持ちになったその父親が生糸の相場に手を出し失敗して、借金取りに追われる生活となってしまった。そして、一家離散という羽目に陥った。

 父親や兄たちは北海道の開拓地に渡ったが、小さい松三は母親と近くの親戚を頼ったのである。ここ白石は古くからの城下町で、人通りも多く、梁川に比べれば人目を気にしなくて済んだ。小学校を出たばかりの松三は母親と二人きりで寂しくはあったが、頑張ればなんとか食べて行けると感じたのである。

 この製麺所の言い伝えでは、白石温麺は、江戸時代の初め頃、土地の若者が、病気で胃腸の弱った母親のために食べやすい食品を探していたところ、通りがかりの旅の僧から、作り方を教えてもらってできたそうだ」。それが、地元で評判となり、藩主伊達正宗の支援も得て白石の特産品となっていった。
 現在でも白石温麺はお湯だけで簡単に調理ができ、消化もよいのでアウトドアでの食料としても人気がある、細くて手軽な乾麺である。

 松三は、遥か300年前の創業者の境遇が自分と似ているなと思いながら製麺の仕事に朝から晩まで没頭することとなった。それが、彼の浮き沈みの激しいの人生の始まりとなったのである。